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ぎゅうと抱き締めて、 こんなのはぼくじゃない、 と思った。
物語の加速。約束の極点。
「いーちゃん、苦しいよ。どしたの? おかしいんだよ」
玖渚が腕の中で暴れる。 ぼくは、ぼくは……力を緩めなかった。
玖渚の小さくて細くて軽い幼い身体を離さずに、劣性遺伝の証でありサヴァンを示す青い髪が流れる肩口に顔を埋めた。
「……いーちゃん?」 「…………」
ぼくは床に上半身を起こして座った状態で、玖渚はぼくの足の間に立ち膝、という姿勢だった。 ぼくが前触れもなしに抱き寄せたものだから、中途半端にぼくに体重を預けている。大した重みもない、その体重を。
泣きたい、と初めて思った、と思う。 分からない感覚が胸の奥を満たして、溢れ出しそうになった。必死に抑えようとしているのに、滲み出してくる。おそらくこれが『泣きたい』という感情なのだろう。
今、口を開いてしまえば何かが崩れてしまいそうだった。
今までは存在しなかった気持ち。『成長』するがゆえ、現れた感覚。
「……いーちゃん。いーちゃん。いーちゃん。いーちゃん。いーちゃん。……僕様ちゃんは、隠してたわけじゃないんだよ。怒った?」 「…………」 「『滋賀井統乃』が何て言ったのかは知らないけどね、人間なんて誰でも寿命ってものがあるんだよ。それこそ不死身じゃない限りはね」
円朽葉を思い出した。そして気づく。
「……知ってたのか? 『宴九段』だってこと」
玖渚が頬を膨らませたのが分かった。
「僕様ちゃんを見くびってもらっちゃあ困るんだよ。潤ちゃんのダディの方はいーちゃん珍しく積極的、行動派だったからさ。オトモダチとも再会してたみたいだし。僕様ちゃん自身も忙しかったしね」
玖渚がぼくの背に回していた華奢な腕に力を入れる。
「それでもね」
その手を密着していたぼくと玖渚の身体の間に滑り込ませ、突っ張って距離を作った。 ぼくの腕はいとも簡単に外れた。 玖渚の手が、うつむいたぼくの顔に添えられる。白く細い指が顎をなぞって、両手で挟み込む。
目が、合う。視線が絡む。 いや、絡まされたのだ。玖渚の瞳がぼくだけを映す。じっと見つめられて、かえって視線を外すことができない。
静かな瞳。何も言い出せない。情けない顔をした僕が映っている。 玖渚が唇を動かす。
「それでも僕様ちゃん、いーちゃんと結婚するまでは居なくなるつもりはないよ」
つまり、それが限界。後、ほんの少しの時間。 顔は歪むけれど、視界は全く歪まない。 確信はない。確かなものは何一つない。余命を言い渡されてから何年も生きた人間の話は腐るほどある。そして突然死ぬ人間も、毎日数え切れないほどいる。
そうだ。生きたいと願っても、死ぬ人間などいくらでもいる。
「いーちゃん。大丈夫だよ。僕様ちゃん、まだいーちゃんにお別れ言ってないもん」
玖渚がぼくの頬を、そして頭を撫でる。
「いーちゃん。大好き」
不安も恐れも抱くことのない玖渚は、優しく唄うように言う。
「大好き」
この声が、後どのくらい聞けるのか。 この手が、後どのくらい触れてくれるのか。 ぼくは、後どのくらい玖渚の隣にいられるのか。 この時のぼくに、戯言を言う余裕などなかった。 戯言遣いが敗北を喫した・・・苦い、苦い瞬間だった。
END. |