――正式に軍人になろうと思います――

 その言葉を聞いた瞬間、すっかり頭に血が上ってしまった。
 「っ何を馬鹿なことを! 君が『身代わり』になんかなれるとでも思っているのかね?」
 思わず机を叩いてしまって、しかしその音は私の耳には届いていなかった。





 コンフィデンス リエゾン  02





 そうして始まった彼との初めての喧嘩は、終息まで数日を要した。
 我ながら大人気ない反応で、対応で、態度でもあったと思う。部下が止めに入らなければ、私と彼は殴り合うか、錬金術を用いての乱闘騒ぎを起こしていたかもしれない。
 私が仕方なく頷いたのは、あの時彼があまりにも切実に呟いたからだった。

 ――わがままを、聞いてください――

 『焔』が灯っている瞳に、ああ、と納得した。
 彼ら兄弟は、いつでも互いにたった一人の家族を守ろうとした。いじらしいほどに庇い合って、痛々しいほどに支え合って、愛しい姿だった。
 彼らの優先順位は決まりきっているのだ。相手に危険が及べば、身を呈(てい)して守ろうとする。

 今回も、彼が優先するものはすでに決まっていたのだ。





 「わがままを、聞いてください。お願いします。これしか方法がないんです」
 彼の要望をきくとしても、時間はほとんどなかった。走り出したら、後戻りはできなかった。
 「…………」
 「…………」
 私はしばらくの沈黙の後、口を開いた。
 「軍人になって、どうする?」
 彼は気丈に見上げてくる。
 「『鋼の錬金術師』が正式に入隊すれば、『エドワード・エルリック』が軍に縛られれば……っ」
 自分は結構頑固だし、絶対に認めないつもりだった。

 「……兄さんを守れるからっ」

 彼の下した決断は、尊かった。
 「兄さんはいつもボクを守ってくれたから、だから今度はボクが兄さんを守る番です。ボクにできることはやりたいんです!」
 そうだった。彼は、エドワード・エルリックの弟だった。そう納得してしまうと、私が言える言葉は一つしかなかった。

 「……分かった。協力しよう」
 途端に顔を輝かせる。
 「ありがとうございます!」
 そうして、私は一枚の書類にサインをした。










 ロイに渡された書類をパラパラと流し読みながら、アルフォンスは足を動かしていた。二人の軍人と一緒に、司令部の廊下をまっすぐに進んで行く。
 書類の内容は、希望していた南部への数日の滞在許可の代わりに、情勢の報告をして欲しいとのことだった。

 「今度は南ですかぁ〜」
 やや後ろを歩いていたブロッシュの情けない声に、アルフォンスは少しだけ振り返って苦笑した。
 先月は東部にいたのだ。アルフォンスの護衛を任されている二人を連れ回す状態になってしまっていた。
 「あの、ロス少尉とブロッシュ軍曹の休みくらいならなんとか……」
 なると思います、というアルフォンスの気遣いはマリア・ロスの怒声でかき消された。
 「そうじゃなくて! 一体何のために私達がついていると思っているの!?」
 「ごめんごめん、そういうつもりじゃなくて……」
 「そうだよ。オレ達のことは気に掛けなくていいから。オレが憂鬱なのは暑さ。いろんなとこに連れてってもらえるのは観光みたいで楽しいし、むしろ感謝したいよ」
 ブロッシュが軽い調子で言う。先程までとは違う、砕けた口調だ。

 「ブロッシュ軍曹、言葉遣い。壁に耳あり障子に目ありですよ」
 ロスが声を潜めて言う。ブロッシュが「そうでした」と背筋を伸ばす。
 「敬語じゃなくていいって兄さんが言ったんでしょう。だったら今だって敬語じゃない方がいいですよ」
 アルフォンスはにこりと笑ってまた前を向いて歩き出した。


 ロスとブロッシュは三つ編みを跳ねさせる後姿を見て、『かつての鋼の錬金術師』を思い出した。




 

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