アルフォンスがエドワードを連れて戻って来た。
 紅茶を飲んだ後、タイミングを計ったようにノックスが診察の途中だったと言い出して、エドワードを連れて行った。

 テーブルに四つのカップと、ロイとアルフォンスが残された。





 コンフィデンス リエゾン  07





 「……この間、初めて人が裁かれるところを見ました」
 沈黙を破ったのはアルフォンスだった。視線を落として、ふと思い出したことを独り言のように話す。
 「法に反したことを、人として間違ったことをした人はああやって裁かれるんですよね。本当は」


 アルフォンスは司令部内では決して絶対にエドワード・エルリックという仮面を外さない。外見はもちろん、演技を通り越したその姿はエドワードそのものだった。いくら四六時中一緒にいたからといって、普通はできることではない。
 親しい人間が気付く程度のほんの少し丁寧な所作と言動は、青年への成長と、正式な軍人になったから、という理由で十分納得できる。
 特殊な錬成法は健在だし、わざわざ三つ編みをすることがそれを強固なものにしていた。
 あそこまで完璧であれば誰もすり替えが行われたなど、疑いもしないだろう。


 「何だか別の世界のことみたいで。罪を露見させられて、大勢の前で罰を言い渡されて。小さい頃は悪いことをしたら牢屋に入れられてしまうんだと思うと怖かったですけど、今は全く。罪人って、きっと裁かれることで安心できるんですよね。死刑になるなり刑期を終えるなりすれば、罪を償えるんですから。本当に怖いのは、どんな罰を受けても罪は償えないんだって分かってしまうことなんですよ。……それ以前に、悪いことをしたなんてこれっぽっちも思っていなかったのに」
 自嘲めいて言うと、アルフォンスが立ち上がって空になったカップを重ね集めて流しに置いた。
 ロイはあえて何も言わなかった。

 ため息とともに吐き出された言葉は、感情を含んでいなかった。
 「……ボクらは、許されたんでしょうか」





 「何かお話があったんじゃないですか?」
 ロイがわざわざ訪ねて来たことを思い出して、アルフォンスが言った。
 「いつまでこんなことを続けているつもりか、というのなら大佐の気に入る返事はできませんが」
 挑むように言われて、ロイはそうじゃないと言葉を濁す。
 「あれは君がグラマン将軍や大総統と話をつけてから私に許可を頼んだからだ。だからつい頭に血が上って……」
 「頭に血が上って、ボクと危うく錬金術を使っての大喧嘩をしかけたんでしたね。ま、ボクも本気でしたから」
 アルフォンスが意地悪く笑った。実際そうなのでロイは何も言い返せなかった。ここぞという時にエドワードをやり込めていたアルフォンスだ。リザにさえ敵わないロイは、アルフォンスにも敵わないでいる。

 「私の家に来ないかと言いに来たんだ。いくら護衛が付いているとはいえ、君一人で生活するのは大変じゃないか。私の家は郊外でも今君たちが住んでいるところよりは中心部に近いし、治安もいい。同居なら私も手伝えるし、何より身近にいてくれれば私が安心できる」
 アルフォンスがきょとんとしている。
 「君がエドワードと二人で暮らしたいというなら無理強いはしないが、その、君達に何かあったらと気にかかっていたんだ」



 「ボク達、大佐に迷惑掛けっぱなしですね」
 アルフォンスが視線を床に落とし、少しだけ眉を下げて、苦笑する。
 「前は兄さんが、今はボクが。あなたは優しくて、くすぐったいくらいボクらに甘くて、でも時々はちゃんと叱ってくれて」

 この子はなんて。
 と、ロイはその仕草から目が離せなくなる。
 ――なんて、エドワードに似ているのだろう。
 アルフォンスが、弱音を吐くのは本当に、初めてのことだった。

 「……もう少しだけ、頼ってもいいですか?」


 アルフォンスの姿は、強がりなのだ。エドワードを守るための、精一杯の強がり。
 誰の前でもじっと前だけを見て、諦めることなど微塵も思っていないかのように振舞い、エドワードに手を差し出し続ける。その手がいつか握り返されることを疑いもせずに信じていると周りが思い込むほど、不安を感じさせないその強い瞳。
 それはもう一つの仮面だったのだ。
 不安にならないはずがない。失ってしまったことに、自分を責めないわけがない。
 ノックスはそれに気付いていた。だから「支えてやってくれ」と言った。
 その意味をロイは痛いほど分かった。

 エドワードがアルフォンスや周りに弱さや不安を見せられなかったように、今アルフォンスは誰にも弱音を吐けない。
 その支えになれる人間が必要なまでに追い詰められていた。その危うさが、エドワードに似ているのだ。


 「もちろん。……エドワードもそうだったよ」
 「?」
 「君には弱音を吐けないと、たまに泣きに来ていた。いずれ国民を背負うんだ。一人や二人の泣き言を受け止められずにどうする」
 冗談めいて言えば、アルフォンスが笑う。ほっとしたような、柔らかい笑み。

 「では、ダブリスから帰ってきたらよろしくお願いします」
 「いい話が見つかるといいな」
 「はい」










 ダブリスからセントラルに戻ってきた後も『鋼の錬金術師』はロイ・マスタングの直属であり、軍所属はしばらく続くことになる。

 数年後、隣国との不可侵条約の協定を結んだアメストリスは開戦の危機を脱し、一人の国家錬金術師が退役を認められた。
 彼の故郷である東部の片田舎、リゼンブールに一軒家が建つのはその少し後のことである。





END.
 
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。