04





 人気のなくなった部屋で、彼の手の動きだけを感じていた。
 頭を抱き込めるようにして、規則的に触れる。まるで小さい子をあやしているような手つきだった。

 「……本当に、君達が死んだのかと」
 「はいはい、分かったから大の大人が泣くな」
 呆れているような声音だった。
 私がどんな気持ちになったか知らないくせに。

 「上着も着てねーし、スカートもないし。おまけにシャツのボタン外れてるし。あんたがそんな格好でうろついてたらみんな何事かと思うだろうが」
 エドワードが言い流す。
 こちらの様子から、もう返答は望んでいないらしい。
 「あのさ。まあ、大佐にしちゃ珍しいけどさ。頭打ったから仕方ないよな。ちゃんと正気に戻れよ」
 不意にエドワードが何かを決意したように息を吸う。
 「?」


 「あんた、それ夢だから」


 思いがけない一言に、腕を緩めた。その隙を縫ってエドワードが抜け出し、膝を着いているために私を少しだけ見下ろすようになった。
 彼の左手で一度目じりを拭われたから涙目程度だったが、確実に情けない表情。
 「……いま、なんと?」
 声も掠れているじゃないか。

 「だーかーらー。あんたがエントランスの階段から落ちたのは朝! 出勤中! いーか? 今日、あんたはまだ一度もこの部屋に入ってないんだよ。来てないのにどーしてここでホークアイ中尉と話が出来るんだよ。中尉はあんたがいない分一人でやってたんだぞ」
 じとりとねめつけられる。
「大体ハボック少尉はパーティの準備に駆り出されて午前中はずっと捕まってた。ここに来る暇なんてない。そしてブレダ少尉、ファルマン准尉は近くの農家からもらってきたカボチャをどうにかしてる。本当は中尉と一緒に仮装衣装の受付をするはずだったフュリー曹長は今頃てんてこ舞い!」
 最後の止めだというふうに、エドワードががしりと肩を掴んだ。
 「あんたも科学者だ。理論的に考えろ。全ての事象から導き出される真実! つまり大佐の言ってることは有り得ない。イコール階段から落ちたための悪い夢だった!!」

 眉をひそめた。
 「まさか」
 途端に雷でも落ちたかのような怒号。
 「まさか、じゃねーよ! いい加減正気に戻りやがれ!!」
 そんなことをさっき言われたばかりのような。いや、あれは夢だったのか?
 「だってあんなにリアルな」
 「リアルでも何でも!」
 「一体どこから?」
 私の中では通常通り出勤して執務室にいたはずなのだが。
 「少なくとも中尉と会話してる辺りはすでに夢」
 「…………」
 「どぅー ゆー あんだすたんど?」



 これは。
 「…………」
 恥ずかしいぞ。いや、恥ずかしいを通り越して痛い。
 「鋼の」
 「ん?」
 首を傾げられても困る。
 仕方がないのでそのまま抱き寄せる。こうすれば少なくとも私の顔は見られないで済む。
 「何となく理由が分かるから暴れないでいてやるよ」
 「できれば全て忘れてくれ」

 「まー、たまにはいーんじゃねーの? こうやってみっともない真似するのも」
 「君、さっきアルフォンスに子供の前で情けない姿を見せるとどうとか言ってなかったか?」
 顔から火が出そうとか、穴があったら入りたいとはこういうことだと身をもって実感する。あんな現実味のある夢が存在するなんて。いじめだ。暴力だ。
 しかも彼になだめられているなんて。
 「オレの前ではいいんだよ」
 全く、これも夢だとかいうのではないだろうな。
 「オレはあんたにみっともない格好見られてるから。一番最初にさ。だからおあいこ」
 そういうものだろうか。大体みっともなくないし。あれは当然だった。



 「これは、現実なのだな」
 「そ。夢じゃねぇから」
 「死ぬなよ」
 「誰に言ってんの。あんたの方がよっぽど危ない橋渡ってるくせに」
 「死ぬなよ」
 「……分かったから。あんたより先に死なない。約束する」
 ため息をつくように言って抱き返してくれるこの子供を失うのが怖い。それが夢という形で表面化したのかもしれない。

 本当に。今日は何て日なんだ。
 もう、愛しくてたまらない。



 

END.
 
おまけ