反実仮想  02





 ロイ・マスタングがその場にいたのは、この作戦の指揮官だったからだ。
 ――軍所属でないにも関わらず、錬金術の研究を押し進めるグループの解体。
 それが目的だった。リオールのレト教には及ばないが、それなりに大きな宗教団体も絡んでいて厄介なグループだった。

 セントラルを中心に点在する集会所、研究所、本部と思われる建物。それら数ヶ所を一斉に摘発、強行突入し家宅捜索を開始する。
 軍が直々に動いたのは、そうする必要があると大総統が判断したからだ。





 ロイがいたのはセントラルの郊外に設けられた研究所だった。
 調査書の限り、錬金術に関する相当な研究をしているらしい。そのために国家錬金術師としての対処が必要になるかもしれないと考えられ、本部の次に厄介な場所を押し付けられた。


 「とりあえず、証拠物件を押収できりゃいいんですか?」
 それにしてもでっけー建物。
 大きい建物というよりは、その周りの柵に囲まれた広大な敷地を眺めて、ハボックが緊張感もなく言う。彼は生粋のヘビースモーカーだが、さすがにこの任務中は咥えタバコもなしに一時も隙を見せない。

 「再三勧告はした。抵抗されれば仕方がないだろう。生け捕りが望ましいが、容赦はいらない。こちらの犠牲は最小限にしろ」
 「いつになく厳しいこって」
 「上からそう言われた。今は人の命にも優先順位がつけられているということだ」
 それが本意でないことをハボックは知っている。例え口で何と言おうが、そういった考えを何より嫌うのがロイだ。


 「時間です。大佐」
 姿を現したのは、リザ・ホークアイ。ロイの副官だ。
 「ホークアイ中尉、大佐が来てることは……」
 「もちろん相手方に知らせました。大佐の読み通りに抵抗意志が弱まり、そろそろ大人しく投降してくるかと」
 ロイが勝ち誇ったように笑む。
 証言を得られるので関係者は一網打尽がいいし、双方犠牲は少ないに越したことはない。決して胸を張れるような力ではないが、いくつかの命でも救うことになればいい。それが今まで奪った命への償いには決してならないと分かってはいるが。

 「それでは、もう一押しといくか」
 ロイが手袋をはめ、立ち上がる。
 何をしようとしているのかが思い当たって、リザとハボックが顔を見合わせた。
 「大佐、危険です!」
 「何、ちょっとした脅しさ」
 ひょうひょうと答えるロイに、ハボックがうめく。
 「頼みますから、建物ごと燃やさんでくださいよ」





 ひとまずの制圧を成功させ、ロイは数人の部下を連れて研究所内に足を踏み入れた。
 研究所は思っていたよりも下階の部屋が多く、入り組んだ迷路のような造りで、連れて来ただけの軍人で把握しきるのは難しそうだった。

 上階はホスピスのような造りで、いくつかの部屋に分かれている。
 検分していると、一室が異様だった。きちんと並べられた机と椅子。ロッカーのような戸棚には番号がふってある。
 ロイはその後に続く文字を手でなぞった。他はしっかりと刻まれているのに、その一つだけが強引に消したように掠れていた。ほとんど読み取れない文字。
 「……エド、ワード」
 この部屋は他と違う。研究室などではない。ここはまるで、まるで。
 「教室のようですね」
 驚いて振り返ると、リザが部屋を鋭く見つめていた。



 「それにしても広いっスねぇ」
 ハボックがぼやいた。
 ほとんど明かりのない廊下を進んでいく。無人になった建物に微かな軍靴の音が反響する。
 「後日改めて捜査した方がよさそうだな。これでは我々が迷う」
 一つ一つ部屋を確かめながら、ロイが判断する。枝分かれした道の、行き止まりを目にする。
 「この階を見回ったら戻る。他の隊にもそう伝えてくれ」
 「「了解」」



 「……大佐」
 一つのドアを開け、リザが呟いた。一見変わりない表情がわずかに曇っている。
 「どうした、中尉」
 部屋を覗くと、白衣を着た男が倒れていた。右手には拳銃、こめかみから流れた血と脳漿(のうしょう)が床を染めていた。
 研究者の一人だろうか。絶命しているのは明らかだった。
 ロイは眉を寄せた。抵抗を諦めた関係者は全てではなかったのだ。この研究所の責任者だと名乗った者は捕らえたので、その他の人間だ。仲間割れの様子もなく、上手くいったと思っていたのに。

 「っ!」
 乱雑とした部屋に視線を移すと、隅に子供が転がっているのが目に飛び込んできた。
 駆け寄るがこちらもすでに息はない。撃たれたのだろう、的確に狙われた心臓から大量の血液が染み出していた。
 小柄な身体で、白い腕とくすんだ金色の髪が投げ出されていた。目尻に涙が流れた痕があった。
 どちらも死んで間がない。なぜこんな所に子供がと考えて、先ほど見つけた教室のような部屋を思い出した。

 「軍に捕まったらヤバイことでもやってたんでしょうかね」
 ハボックがドアに寄りかかりながら言った。眉間に皺が寄っている。確かに、見ていて気持ちのいいものじゃない。
 「ハボック、先に戻って至急担架を二つ」
 ロイの指示に、ハボックが敬礼をして出て行く。

 「中尉、他の部屋を確認してくる」
 「分かりました」

 そうして最後の部屋のドアを開いた。





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