「結構死んだなあ、おい。お、お前さんのところは男一人と、……っどうなってやがる!?」
 一連の報告書の一部を眺めていたヒューズは、血相を変えた。ロイの親友である彼は、摘発の事後処理、主に事実確認を進めていた。

 「未就学児を含め、おそらくは未成年者が合計十二名。あの研究所内で発見された」
 淡々と答えるのはロイだ。ロイの執務室には、この二人しかいない。テーブルに置かれた紅茶は、リザが用意していった物だ。

 「発見されたって……一人以外は全員白骨死体じゃねぇか! バラして埋めたってのか」
 「それを確認するのがお前の仕事だろうが。……組織に都合のいい思想教育でもしていたんじゃないのか? スパイ容疑がかかっている奴もいるのだろう?」
 「そっちは手塩にかけて証言取ってるとこ。検死官が足りねぇってそれが原因か。だが、白骨化するにはそれなりの時間がかかるもんだぞ」
 「何でも首を突っ込むな。現場は私がやったんだ。適材適所、解剖は検死官、事後処理はお前がやればいいだろう。わざわざ来てくれたのに悪いが、もう勘弁してくれ。こっちは疲れてるんだ」
 「おや、珍しい」
 瞑目したロイを茶化す。
 「中央司令部と軍法会議所と拘置監と家を行ったり来たりであまり寝てないんだよ」
 欠伸をかみ殺すロイに、ヒューズは任せとけと笑う。

 「ま、俺がいれば早いうちにカタがつくだろ」
 どうだか。
 とロイは答えた。





 反実仮想  03





 不思議な感覚で目を覚ました。
 それが温かいとか、明るいというものだと後から気付いた。


 初め自分がどこにいて、どういう状況に置かれているのか理解できなかった。
 おかしなことになっているのは確かで、必死に頭を働かせたけれど、思考も視界もぼんやりとして判然としない。

 随分長い間閉じ込められていたあの部屋とは全く違う。白がたくさんある、綺麗な部屋。
 大きな窓があって、太陽の光が差し込んでいる。全身を包む柔らかい感触に驚いた。ベッドに寝かせられている。床じゃない。

 身体の痛みに、起き上がるのが億劫で、首だけを横にずらす。呼吸をするたび胸が痛くて咳が出た。
 視界に入る範囲だけだけれど、ゆっくりと慎重に部屋を見回す。監視役の人間がいるかと思ったのだ。

 よかった。この部屋には誰もいない。
 自分がなぜ移動させられたのか見当がつかない。
 もしかしてまたオレを必要としてくれるのだろうか、という淡い期待が胸をよぎる。



 その時、わずかな音がして視界の隅に見えていたドアが開いた。
 瞬間、息が止まる。

 白。白い服を着た人。眼鏡が反射してきらりと光る。男の人。怖い。

 フラッシュバックする、暴行の痛み。
 いいように蹴られ、殴られ、何の薬なのか分からない物を投与される。痛いのも苦しいのも嫌だ。
 男が近付いてくる。
 動かない身体を無理矢理動かした。腕を突っ張って、身体を起こす。どこもかしこも痛くて、どこもかしこも動かなくて、どこもかしこもおかしかった。
 それでも力の入らない身体を叱咤した。
 逃げようとしたオレに、男が驚いた顔をして駆け寄ってくる。後から他の人間も入って来る。

 早く逃げないと。この部屋から逃げないと。じゃないとまた……

 ふいにびん、と手が引っ張られて驚愕した。
 左腕にベルトが巻かれている。前のように金属製ではなかったから縛られていると気付くのが遅れた。外そうとするが、ベッドの手すりと繋がるベルトはびくともしない。

 男が迫る。

 かろうじて右手は自由だった。
 迷っていられなかった。
 右手を左手に押し付けた。





 ベルトを破壊し、窓を目指して手を伸ばす。ここは一階だから、窓ガラスを割って飛び降りれば逃げられる。しかし足が動かなかった。
 あ、と思った時には男に腕をつかまれ、床に引きずり落とされていた。
 たいした衝撃はなかったが息がつまり、男は腕をきつく掴んで放さない。緩慢な動きもできない状態で、必死にもがいて抵抗する。
 悲鳴も出なかった。恐怖で声が張り付いていた。

 男が後ろに向かって何かを叫んだ。そしてオレを押さえつけにかかる。
 掴んだ腕を床に固定し、オレの肩から胸に片膝を乗っけてくる。加わる重みは加減をしているのだと分かるけれど、乱暴なことに変わりなかった。

 息が上がる。
 すると男が何かを手にする。眩暈がした。
 男が注射器を手に構えている。仰向けで床に貼り付けになった状態ではどうすることもできない。とにかく怖かった。怖くて仕方なくて、半狂乱になって泣き叫んだ。
 上半身は全く動かせないので、針の先から液体がこぼれるのを見ていることしかできない。

 っ!!
 冷たい針が腕に押し付けられ、すぐに射し込まれる感覚。ぞっとした。
 身体から力が抜ける。視界が暗くなっていった。





 オレが必要になったわけじゃないんだと、悲しいけれど分かってしまった。
 濁ったような肺の音が骨を伝って、子守唄のように鼓膜に触れた。





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