簡単な説明しか出来なかったが、リザはそれを快諾した。
 話の発端は数日前になる。





 反実仮想  05





 その夜、ロイは軍病院を訪れていた。
 先日の反政府組織摘発作戦時に助け出された少年が意識を回復したという報告が入ったため……というか少年の担当医でありロイの馴染みのドクターのノックスが「来い」と一言電話を入れてきたからだった。
 本当にその一言だけだったので、始末に終えない。ロイ自身、なぜこんなひと癖もふた癖もある人間と友好が継続しているのか分からなかった。

 ロイが午後に軍法会議所から戻ってくると、ついさっき病院から言伝があったとリザが報告した。
 どうして自分を呼ぶんだとロイは一人愚痴った。
 しかしノックスの性格を知っているので、理由なく呼び出すことはないと考え、勤務時間は終わっているという理由でリザとは司令部で別れ、帰宅途中で病院へ向かった。



 「何だ。一人か」
 案内された部屋で、ノックスがソファでタバコを吸っていた。
 ロイが担当した研究所では負傷者はほとんど出なかったが、他はかなりの犠牲も出たと聞いていた。病院も忙しかったのだろう、ノックスは疲れた様子で無精ヒゲをさすって何事かを思案している。
 向かい側に腰を下ろして、ロイも軍服の襟を緩めた。

 「「来い」としか言わなかったのはあなたでしょう。彼女が珍しく戸惑っていた」
 「いや、今日はいいんだが、なるべく早めに子供に好かれそうな人間を探してくれ」
 「はぁ?」
 意図の分からない頼みに、眉を寄せる。
 「ここじゃ、鬼のようなナースかガタイのいい男しかいなくて困ってんだよ。他んとこから白衣の天使でも呼ぼうと思ったら、許可が下りねぇし」
 「……あのですね。初めから話してもらわないと何を言っているのかさっぱり分からないのですが」

 「あれ? 送った診断書は」
 そんなもの届いていただろうかと執務室の机の上を思い出す。だめだ。書類や調書が山積みになっていたんだった。
 全く、研究所についての報告を国家錬金術師という理由で命じられるとは。気になる施設はなかったし、事後報告は他の者がすればいいものを。
 「机の上に山積みになっている紙切れの中に混じっているかもな」
 肩をすくめると、ノックスがばさりと綴りを投げてきた。





 「セントラル郊外に設けられた錬金術研究所施設内で少年を発見。すでに意識はなく、暴行を受けていた形跡あり」
 間違いないか? とノックスが確かめる。
 「ああ。監禁されていたと見てほぼ間違いないでしょう。彼がいた部屋には外からの鍵がかかっていたし、両手を別々に拘束されていた」

 顔色一つ変えないロイに、ノックスがため息をついた。
 「……今回でロイ・マスタング大佐の評価は二分したようだぞ。冷静沈着で軍人の鑑だってーのと、『あれ』見て普通でいられるのは人間じゃねぇっつーのと」
 「地下室のことか」
 「かなり劣悪だったって聞いた。他が死んでると思って近付かなかったのを無視、息があるからって淡々と運び出したのが焔の大佐だって関係者の間じゃ話題になってるよ」
 「子供とはいえ、死んでいるかどうかを確認するのは当たり前でしょう。ガキに足元をすくわれては軍人などやっていられないですから。脈があるから運べといったのに、躊躇していたから時間が惜しくて私が運んだだけのことです」
 当然のことのように話すロイに、こいつは、と頭痛がしてくる。あまりの酷状に気分を悪くした軍人もいたというのに。

 「あのガキかなりやられてたぞ。頭部の打撲。それに伴う右目の腫れがあって、視力に後遺症が出るかも知れねぇな。後は左足の骨折。両手首に拘束具での酷ぇ擦過傷。……若干栄養失調気味、脱水症状は初期、身体中打撲やら裂傷の痕があったし、薬物投与の疑いあり」
 ロイの眉がぴくりと動いた。
 「薬物?」
 「ん、そっち系じゃなくて、催眠鎮静薬っぽいな。おそらく短時間性の薬なんだろうが、量がデタラメで。子供ってのは代謝と排泄能力が小せぇから作用が増強されちまうんだよ。連用で耐性がついてきていたのと、搬送と処置が早かったから助かったようなもんだ」



 「それで、なぜ私が子供に好かれそうな人間を探さなければならないのですか?」
 「ああ、そうだった。軍の人間で、口が堅くて、女の方がいいと思うんだが」
 「そうではなくて」
 「あー。あのガキ、一度目ぇ覚まして、俺ぁその場にいたんだよ」
 ノックスが言葉を濁して、頭を掻いた。
 「……何かあったのか」

 「部屋に入った途端暴れ出して手が付けられなかった。仕方がねぇから押さえつけれ鎮静剤で眠らせた。それが今日の午後だ」
 「すると私に連絡をよこしたのはそのすぐ後か」
 「ああ」
 「お前さんなら子供好きな女の一人や二人知ってるだろう。っていうか事情聴取が進まなけりゃ報告書もできんだろ?」
 「確かにあなたのような目つきの悪い男ばかりでは怯えて当然だろう」
 「てめ、喧嘩売ってんのか」
 「失言だ。急ぐならホークアイ中尉がいる」
 しれっと言って、ロイは面白そうに副官の名を挙げる。
 「お前が選んだんなら文句は言わねぇよ。『鷹の目』か。……大丈夫か?」
 普段にこりともしないので、硬いイメージを持たれがちなリザに、太鼓判を押す。
 「ああ見えても彼女は優しいから。明日にでも話してみるよ」

 用は済んだな、とロイは肩を揉みながら立ち上がる。
 部屋に取り付けられている時計に目をやり、この分だと帰宅は十一時を過ぎるだろうとげんなりした。










 「と言うわけだ」
 翌日、ロイは昼食から戻ってきたリザに説明した。
 つまりは事件に深く関わっていると思われる少年に面会して欲しいということだ。何しろ投降やら拘束やらで拘留中の輩からは統一した証言が出てこないし、責任者らしい人物は死亡しているしでさっぱり解決の兆しが見えない。

 いや、とロイは思い直した。
 本部や集会所など、大抵の場所はしっかり押さえられたのだ。グループの長も尋問されている。ロイが指す責任者は錬金術の研究所を取り仕切っていた人物。
 反政府組織のトップから上層部からが一様に錬金術の研究について知らぬ存ぜぬを通しているのだ。その点だけは意見は一致している。どうやら元は別の組織だったのがつい最近手を組もうとしていたらしい。
 公設ではない錬金術研究所軍はいつから存在しているのかも分からないほど取り上げられることがなかったので、全て同じグループだったと間違った判断をしたのだという。
 彼らの意見を信じるとすれば、だ。

 何てややこしいことに。
 ロイはため息をついた。捜査が進まなければ叩かれるのは軍だ。そして追々ロイに回ってくる。何しろ研究所についてほとんど何も分かっていないのだ。
 そうなれば手段の限り情報を集める必要があり、その一端が研究所で発見された少年からの証言を得ることだった。

 これもまた不可思議なことがある。
 未成年者なのだから年や顔を伏せられるくらいなら分かるが、家宅捜索を受けた反政府組織の所内から瀕死の少年が救出されたというネタの一切がマスコミには流されなかった。それどころか、軍部内でも研究所投入に関わった人間と病院内で少年の治療に関わった人間くらいしか少年が発見されたことを知らない。
 これはすぐに少年について箝口令が敷かれたためなのだが、ロイは疑問に思うよりも捜査の進行に追われた。他所からナースを呼べないと言ったノックスの発言からすると、病院にも少年をなるべく外の目に晒さずに匿うよう通達が行っているのだろう。





 一日間を開けてのその週末、ロイはリザを伴って軍病院を訪れた。
 少年はまだ目を覚ましておらず、ノックスとロイはリザの手腕に賭けることにしたのだった。





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 一人称から脱却。時間がちょっと戻ってます。そしてずるずると続いていきます。