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「それでは、今日はこれで失礼します」 これだけはちゃんと仕上げてくださいね。 リザが指した机上の山を見て、ロイはやる気のなさを大いに示した。
「あれ、ホークアイ中尉はどちらに?」 フュリーが首を傾げた。やれといってもやらないような上司を残していくなんて、よほど重要な用事なのだろうか。 「ああ、彼女は特別任務でね」 「この間の一斉摘発の件ですか」 「捜査が滞って七割失敗してるやつだな」 ファルマンが言えば、ブレダが茶化す。
「もう元気になったんスか?」 ハボックが嬉しそうに言う。いまだに不自然な緘口令は敷かれているが、このメンバーは現場にいたし、ハボックは少年を直接見ている。だからこの部屋では口を閉ざす必要はなかった。 「完治まではまだまだかかりそうだけど、あまり人を怖がることがなくなったのよ。どうも白衣がだめだったみたいで、ノックス先生も私服でなら診察させてくれるらしいわ」 「そりゃよかった。大佐が抱きかかえて運ぶとこしか見てないから、俺ん中じゃあのまんまなんスよ」 苦笑するハボックに、リザが微笑んだ。
反実仮想 07
急を要するが、関係を築くにはそれなりの時間がいる。彼には極めて慎重に対応し、不必要な刺激を与えないように。 この方針の下、ノックスは少しずつこの少年、エドワードとの距離を詰めてきた。 片目を塞いでいるガーゼを取り替え、再び包帯を巻き直す。その間、エドワードは息を詰め、身を固くしてじっとしていた。 ここまでくるのも一苦労どころか二苦労も三苦労もしている。
何の拒絶もされなかったリザと違い、ノックスは随分と怖がられた。担当医を変えようにも、ナースの異動が許可されないのと同様に却下された。少年の存在を知ってしまったノックスは外れることができなかったのだ。 リザ・ホークアイにはできるだけの面会を頼んだが、彼女の上司のサボり癖はこんな時にも健在らしい。まぁ、捜査と通常任務の並行も大変なのだろう。 ノックスは悪友に都合のいい解釈をした。
二回目の面会でリザは、少年から何かを聞き出すことよりも自分のことを話すことにした。そして、窓から見える街の説明。 あそこが私が働いている所。あの角を曲がると、おいしいパン屋さんがあるの。 そういう他愛のないことを喋った。エドワードは始終緊張した様子で、時折口を開きかけたが、言葉になることはなかった。
三回目の面会の日は天気がとてもよかった。いつもは特別に施錠されている窓を開けてもらい、エドワードはその風の感触を楽しんでいるようだった。散歩にでてみようかというリザの提案に、エドワードは頷いた。 車椅子を用意しにきたノックスに、エドワードは身体をすくませたが、リザがなだめれば徐々に落ち着いた。人気のない奥まった特別病室から出たところまではよかった。しかし、下階に降りる途中で病室へ向かう他のドクターと遭遇してしまった。 その途端に態度が急変し、エドワードは帰る、帰りたいと繰り返した。車椅子を押していたリザはすぐそばにいたというのに、その腕にすがり付こうともせずにただ身体を震わせていた。病室に戻ってから、リザはノックスを呼んだ。
白衣を怖がるのだということはこの時に気付いた。姿を見ただけでも恐怖したというのに、車椅子を持ってきたノックスには落ち着きを取り戻せた。あの時、ノックスは白衣を着ていなかったのだ。
それが分かったとしても、事態は急に好転はしなかった。 リザが触れることさえ拒否し、そのことにエドワード自身が一番驚いていた。頭で分かっていても、身体が恐怖するらしかった。そんなことだからノックスが来ても脈を計るどころの話ではなかった。とにかくエドワードが大丈夫というまで辛抱強く待った。気を紛らわせるためにラジオも持ち込んでみたが、これは案外いい方法だった。 「……もう、へいきだと……おも、う」 時間にすれば約二十分ほどで、エドワードがそう呟いた。
エドワードの言葉を直に聞くのは初めてだったノックスは、すぐさま脈の安定と点滴の様子を確認し、異常はないと診断した。その日の面会はお開きになってしまったが、この翌日からノックスは触診を許してもらえるようになった。 それまでは点滴に睡眠導入剤を加え、深く眠っているうちに診察と治療をしていた。食事も一定時間になったら差し出し、すぐさま立ち去るだけ。もちろん入浴も手伝えないのでタオルや湯を用意してやることしかできなかった。 けれども、今はそんなことはない。
「よし、終わり。目は明日ちゃんと検査してみるか。眼球に傷はついてないし、経過は良好だ。こっちはまだかかりそうだな」 ギプスで固められた左足に、ノックスは嘆息した。 ノックスの手が離れると、エドワードは緊張を解いた。ノックスが怖いわけではなく、身体を触られるのが怖いのだ。 ふいと時計を見たエドワードに、ノックスが片付けながら言う。 「そろそろ来る時間だな」 その言葉通り、私服のリザが顔を出した。エドワードが遠慮がちに笑んだ。
「今日はね、エドワード君に相談があるの」 そう切り出され、エドワードは表情を固くした。しかし、初めて会ってから半月がたとうとしている。進展ない捜査状況を打破するためにもこれ以上は時間を割けない。リザは引き下がれなかった。 「実は、あなたに会いたいという人達がいるの。軍の人なのだけれど、私の上司と彼の親友なのよ」
以外にもエドワードはその場で頷いた。自分の立場を少しは理解しているのかもしれなかった。 「分かった」 「多分いろんなことを聞きたがるかもしれないけれど、黙ったり拒否する権利もあなたは持っているわ。私の口から全てを説明することはできないの。エドワード君が聞けば、マース・ヒューズ中佐は可能な範囲で答えてくれると思うわ」
全てはできない。可能な範囲で。 決して誤魔化すことはなく、そこがエドワードは好きだった。 「ヒューズ中佐はとっても気さくな方でね……」 リザの説明に、エドワードは本心からその人達に会ってみたくなった。
「……あの、リザさん、」 帰り際、呼び止められたリザは目線を合わせて微笑んだ。 エドワードは意を決したふうに見えたが、やはりいつものように首を振った。 「なんでもない、ごめんなさい」 リザは何か言いたいことがあるのだろうとは察することができたが、それを無理矢理に聞き出そうとはしなかった。
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