「マスタング大佐。よい知らせと悪い知らせ、どちらを先に致しましょうか」

 かしこまって言うリザに、ロイは顔を引き攣らせた。
 「……悪い、というのはどの程度かね?」
 「大したことではございません。通り魔事件の件です」
 しれと答えたりザにロイを含めて執務室にいた数人がげんなりした。

 「やはりこちらに回されたか……」
 うめくロイに、リザがきっぱりと肯定を示す。
 「手に負えなくなると任されるなんて頼りにされてるんスね、大佐」
 休み返上はカンベンしてください、とハボックがぼやいた。



 「被害者はいずれも若い女性や子供。犯人は男という他は不明です。人通りのない路地等で、刃物で切り付けられたり殴られたりしています。弱者への暴行が目的と思われます。始めは軽症で済んでいましたが、エスカレートしているようで三日前の件での被害者は骨折等重症で入院しています」

 「爆弾、ですね」
 状況を報告するフュリーに、ファルマンが頷く。
 「凶悪犯とは言えないが、そうなる可能性は低くない、か」
 ブレダが言う。
 このままでは更なる被害者が出るのは必至だ。殺人犯になるのも時間の問題かもしれない。こういう事件は厄介だ。
 何かがあってからでは遅い。民衆の反感を買いやすい状態になる。だからこちらに押し付けたのだろうとハボックが言う。

 次の被害者を生まないように、ピンが抜けかけている爆弾は早急に処理しなくてはならない。

 「中尉、帰宅時は街中の見回りを兼ねるようにと訓令を。それから、憲兵の数を増やすか。……市民の不安を煽るが、仕方がない」
 「分かりました」





 その後  05





 「大佐、仕事忙しいんですか?」
 スプーンを口に運ぶロイに、アルフォンスが尋ねた。
 「そうでもないが」
 ロイはなぜ、と問い返す。
 「いつもは着替えて帰って来るから……」
 アルフォンスは心配そうに眉を寄せた。すぐに食卓についたので、ロイは軍服のままだった。上着を脱いでシャツのボタンを外しているので堅苦しくはない。
 ロイは軍部のことをほとんど話さない。仕事の話は一切家ではしない。
 だからアルフォンスはいつもと違うことがあるとすぐに心配するのだ。それをロイはよく分かっているから、聞かれればちゃんと理由を答える。


 「ああ、最近通り魔事件が多発しているだろう。だからね…」
 「どーせ大佐、任されたんだろ」
 ロイの語尾をわずかに遮って、エドワードが言った。
 「中尉にでも聞いたのか?」
 まさか、とエドワードは投げやりにフォークでロイの手を指した。
 「帰ってきた時発火布の方の手袋してたから。大佐が自分で動くなんて珍しいだろ」

 「全く、君は目敏いな。アルフォンス、そういうことだ。だから二人とも学校の行き来には気を付けるように」
 「はい、分かりました」
 「見っけたら捕まえていいんだろ」
 真面目に頷くアルフォンスとは対照的に、エドワードは面白い物でも見つけたようににやりと笑った。
 「仕方ない、構わないよ。君達の体術も錬金術も認めている」
 ただし、とロイは表情を引き締めた。
 「『もし現場に居合わせた場合』に限る。事件に首を突っ込むことは禁じる。諸々の情報も君達には知らせない」

 「何だよそれ」
 エドワードが口を尖らせた。睨むようなエドワードと驚いたようなアルフォンスの視線を無視して、食事を終えたロイが立ち上がる。
 「君達は『一般人』になったんだ。わざわざ危険に身をさらさなくていい。今回の件は厄介だが、犯人を捕まえるのは我々軍人や大人の仕事だよ」
 ロイは浴室へと向かう前にエドワードとアルフォンスの肩を軽く叩いて出て行った。

 旅をしていた頃には意図的に隠されていた優しい眼差しに、テーブルに残された二人は複雑な気持ちで顔を見合わせた。






 「あ、あがったの?」
 冷蔵庫を開ける音で、食器を洗っていたエドワードが振り向いた。
 「ああ、先に入らせてもらったよ」
 いつもありがたいね、とロイが冷えた缶の口を開ける。
 「アルフォンスは?」
 「ベッドメイキング中」
 パタパタと足音が帰ってきて、シーツを抱えたアルフォンスが入って来た。

 「大佐、怪我はもういいんですか?」
 少し前までは風呂に入るたびにしみるとぼやいていた。
 「すっかり治ったよ。そういえば、エドワード。君の方はどうなんだ? 左足はまだ機械鎧なのだから」
 エドワードが食器をすすいでいた手を不自然に止める。

 「………。大丈夫。へーきへーき。問題ない」
 「何だね、今の間は」
 途端に、じと、とねめつけたロイにアルフォンスが言う。
 「ここしばらくメンテナンスしてないから。それに兄さんったらいつも手入れサボるんだもの。大佐からも注意してくださいよ」
 「アル! きったねーぞ。裏切り者!」
 「だったらちゃんと磨いたり油注したりしなよ」
 しれ、と言って、アルフォンスは腕に抱えていたシーツを洗濯機に押し込むべくスリッパを鳴らしていった。


 「君達に話がある」
 アルフォンスが戻ってくると、ロイが口を開いた。
 「実は……少し遅くなったが、君達の入学祝にパーティを開こうという話が進んでいる。ロックベル嬢も招待して、その時に見てもらえばいい」

 「………」
 「………」
 一瞬、二人ともが固まった。
 「はあ?」
 「え?」

 二人揃って間の抜けた声を出し、取り乱した。
 「何だよそれ!?」
 「そんな、悪いですよ!」
 こういう反応を予測していたロイはびしりと人差し指を突き出した。
 「『嬉しいことはみんなでお祝いしましょう』by中尉。だそうだ。つまり、君達に拒否権はない。しかもすでにメンバーが決まりつつある」
 「でも、そんな気ぃ遣わなくたって…」
 遠慮を口にするエドワードに、ロイがにやりと小気味のいい笑みを浮かべた。
 「ほお、案を出した中尉の厚意を無碍にするとでも?」
 う、と二人が同じタイミングで詰まった。

 「……本当にいいんですか?」
 アルフォンスが言う。
 「言っただろう? 話はもう進んでいるのだよ」
 微笑むロイに、エドワードとアルフォンスがおずおずと視線を交わす。そして決める。

 「…じゃあ、ありがたく」
 「よろしくお願いします」
 はにかんだ笑みに、ロイは満足げに頷いた。










 「おはようございます。大佐」
 ハボックはロイの顔を見るなり近寄って来た。
 「その様子だと反応は上々だったようっスね」
 ロイはああ、と軽く頷く。自分が珍しく笑みを浮かべていることなど自覚していないに違いない。

 「中尉の名を出すと渋々、といった感じではあったがね。あの子達は与えられることに慣れていないからだろうな。エドワードもアルフォンスも珍しい顔をしていた」
 「感謝するよ」と棚からファイルを取り出したリザに声をかければ、「お役に立てて幸いです」と返ってきた。
 「大佐も十分珍しい表情してるんですが」とは言えなかったハボックである。

 ロイは手を口元に当ててくつくつと笑う。
 「照れているというか、はにかむというか。以前は絶対に見なかったものだ。子供が成長していく様を眺められるのはいいな。微笑ましい限りだよ」
 「何か……父親の顔になってますよ、大佐」
 ブレダが薄いコーヒーをすすりながら冷静に言う。

 続く会話は昼休みとなる。

 午前中、ロイは持ち込まれる諸事を嫌な顔一つせずに片付けた。朝席を外していたファルマンとフュリーはやたらと気にしていたが、何がきっかけでその喜ぶべきやる気を削いでしまうか分からなかったので、黙っていた。

 昼食を終えて一息ついた頃、とうとうフュリーがハボックに耳打ちした。
 「あの、大佐今日はいかがなされたんですか?」
 落ち着かない様子で思わず馬鹿丁寧な物言いになっているフュリーに、ハボックは咥えていたタバコを一旦口から離す。
 「エドとアルに祝賀会のこと話してみたんだと」
 「ああ、喜んでくれたんですね」
 フュリーはファルマンと顔を見合わせて合点した。

 「すっかり父親の顔だってブレダがな」
 おどけて言うハボックが、フュリーたちと笑い合う。
 そこにカチャリと扉が開き、リザが戻ってくる。話の内容にくすりと笑い、それを見たハボック、ブレダ、ファルマン、フュリー一同があんぐりと間抜けに口を開けていた。



 「中尉、私がそう見えるかね?」
 ロイは少し不服そうに尋ねた。
 「ええ。我が子を自慢する親のようですね」
 そうかね? と眉を寄せつつ、まんざらでもない気持ちもあることを隠すように、ロイは視線を遠くへ移した。
 すると、すかさずリザが言う。

 「愛する我が子を危険にさらしておく親はおりません。ですから、無差別通り魔事件を早急に片付けてしまうべきだとお思いになりませんか?」
 リザは言うなり、途中経過の報告書と目撃情報、被害者の状態と詳細が記されている紙の束をロイの目の前に積み上げた。
 ロイは心底嫌そうな顔をして、それでも「そうだな」と報告書に目を通すべくページをめくり始めた。





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 一章終わり。番外編へ。