その後  10





 「どうしたんだ? ここにスキップで編入するような『天才』が」
 フィズの講義を受けた帰り、ケビンが茶化すように言った。

 何でもねーよと答えるエドワードは何もなかったようには見えない。
 講義は真面目に受けていたものの、表情は冴えないわ、ため息はつくわ、話しかけてもろくに返事をしないわで心ここにあらずといった感じだ。

 「彼女にでも振られたかー」
 にやにやするケビンの頭をジェームズがテキストで叩く。
 「エドワードに彼女はいないよ。この間の女性に対する振る舞いを見たら分かるだろ」
 二人のやり取りを背中で聞きながら、エドワードは図書館に向かって黙々と歩く。





 ジェームズとケビンはやたらとエドワードに構うようになった。
 からかうと面白い弟分という位置づけらしいが、エドワードも慣れないキャンパスを迷子になることもなくなったし、大学の二年間で培った裏技や効率的な講義の受け方を教わることも少なくなかったので、邪険にすることはなかった。

 特に二人は交友関係も広いし、持っている情報も多かった。その利点をエドワードの実力を知っているがために、惜しみなく与えてくれる。
 その代わりといっては何だが、エドワードは二人の苦手科目のレポートを見たり、アイデアへの助言をする。大学のシステムはさっぱりだが、提出文書やひらめきに関してはエドワードはずば抜けている。

 国家錬金術師としての経験がものを言っているわけだが、二人がそこにたどり着くはずもなく、いい友人を持ったと思っている程度だ。最後の言葉はエドワード自身にも言えた。
 二人が好んで使う『持ちつ持たれつ』というのは、『等価交換』に似ていてとても気に入っている。






 「いつまでやってんだよ。……喧嘩しただけだよ、弟と」
 「ああ、あの高校の方に編入したっていう弟君?」
 ジェームズが訊きながら、エドワードを図書館手前の中庭に促す。館内では私語は慎まなければならない。話をするのには到底適さない場所だ。

 「アルフォンス君だろ。ハイスクールじゃいろいろ噂が飛び交ってるぜー」
 ケビンがおもむろに手帳を取り出し、ぱらぱらとめくりながら眼鏡を光らせた。
 「スポーツ万能、成績優秀の謎多き美青年転校生。編入以来、成績はトップクラスに君臨、数学と物理では右に出る者なし! 運動神経がいいので何の種目でも上手くこなすし目立つ。そのため一部の先輩や同級生から呼び出しを食らうが、どんな手法を使ったのかごく最近和解した模様。温和な性格で細身の長身、濃い金髪と同じ色の瞳でのスマイルに女子は悩殺。未確認情報だが、大の猫好きらしい。来年のバレンタインは彼の一人勝ちと俺は読む!」
 一息に言って、ケビンはどうだとふんぞり返った。
 「そういうのどこで仕入れてくるわけ?」
 エドワードが呆れて言うと、ケビンには妹がいるらしい。エドワードは猫好きだという情報に太鼓判を押してやった。



 「で、温和な弟君と喧嘩?」
 ジェームズがテキストを開きながら尋ねた。
 「お前の様子見てる限り、喧嘩とかあんまりしないんだろ」
 だからそんなに落ち込んでるんだ。
 とケビンも恋愛小説を取り出して、しおりを挟んでいたページを開く。

 これは彼らなりのエドワードに対する配慮だった。
 エドワードは身構えられると自分のことを何も話せなくなるので、気にしていない態度を取ることで話し出しやすくしているのだ。思考することに集中すれば、顔を突き合わせて話し込んでも問題ない。
 エドワードは独り言のように呟いた。


 「……喧嘩自体はやらないこともないんだけど、いつもは理由がはっきりしてるっていうか、オレが怒られるようなことをするっていうか」
 「今回は弟君が怒った理由が分からないのか」
 エドワードは頷いた。
 「うん。アルが怒ってるだけだから、喧嘩ってわけでもないのかもしれないけど。普通に喋ってたら突然不機嫌になったって感じ」
 「お前が何が気に障ること言ったんじゃねーの?」
 「そう思ったんだけど、何も思い当たらないんだよ。それ以来喋ってくれないし、でもたい……後見人の前じゃ何事もなかったようにしてるし」
 ロイの名前を出すのは得ではないと思い当たり、とっさに誤魔化す。例え階級であっても、その地位になると数は限られてくる。


 「君は何の話をしていたんだ?」
 エドワードは慎重に言葉を選ぶ。
 「んー編入試験受けるって決まる前にさ、オレは後見人にAを勧められると思ったんだけど、Bだったっていうか。オレはBなんて考え付かなかったからAにする気満々だったんだよ。でもアルは後見人は絶対にAを勧めたりしないって。その言い方がめちゃくちゃ静かで怖かったんだよ」
 「何だか抽象的過ぎてよく分かんねーな」
 「ごめん」
 「まあつまり、Bってのが学校ってことだろ?」
 「そう」
 「Aってのは?」
 ケビンは興味をかき立てられたようで尋ねたが、エドワードは言葉を濁した。
 「それ言うのは……えーと、その、プライバシーの問題で……」

 「当ててやろうか。士官学校じゃないか? 軍の」

 エドワードは勢いよくジェームズに振り向き、それが肯定を示すことになった。
 「簡単だ。君の後見人は軍人だと聞いている。軍人がわざわざ後見人になろうと思うのは普通、軍に利益があるか国に利益がある者だ。この大学は軍との繋がりは比較的薄いが、国家レベルの研究施設とは関わりが深い。国に貢献するには最適だ。国の利益になるためが学校なら、軍の利益になるのは軍に入れることだ」
 ジェームズはごく自然な動作でテキストを閉じた。
 「十七歳なら直接軍に入隊するのは無理と言っていいだろう。一般募集兵もないことはないが、医術や特異な技術を持っていなければならない。君はどちらかといえば頭脳を買われたんだろう? 手順としては士官学校に入り、軍人となるための基礎を叩き込んでから、後々エリートとして進めばいい」
 どうだ? とジェームズが言う。
 ケビンは開いた口がふさがらなかったし、エドワードもその推理力に舌を巻いた。


 「……ぶらぼー」
 とりあえず二人で拍手を送ってみた。





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