その後  11





 「『B』でよかったと思うよ」
 ジェームズが言った。
 「数年前より落ち着いたとはいえ、軍人として戦場に駆り出される可能性は常に付きまとう。こんなふうに守られている存在で、のほほんと学生やってる僕が言うのもどうかと思うけど、君は軍に合わないよ」

 『君に軍は合わない』ではなく、『君は軍に合わない』。
 エドワードは眉を寄せた。機嫌を損ねたのではなく、言われた意味が分からなかったのだ。アルフォンスから寄越された言葉と同じように。
 そうだなぁ、とケビンも呟いた。
 「お前はさ、軍じゃやっていけないと思うぜ。正直言って」
 丸五年、ほぼ六年近く軍属を務めていたエドワードは不服に思ったが、口にはしなかった。
 「それってオレが周りに合わせられないから?」

 キャンパス内でも物珍しげに見られることはあっても、それは好奇心によるものだった。研究室でもどこかマスコットキャラクター的な扱い。そして時折垣間見るエドワードのずば抜けた能力に羨望と嫉妬の眼差し。
 エドワードが合わせられないというよりは、エドワードは『合わない』のだった。
 そういう中で、ジェームズとケビンは貴重な友人だった。

 「そうじゃない。何て言うかな……君は真っ直ぐすぎるから、すぐに潰されてしまうと思う」
 小耳に挟むことはあっても、そんな物騒なことが身近で起こった試しはなかった。エドワードの親しくしている軍人は皆優しい人達だった。だからいまいちよく分からない。
 「軍ってそんなに後ろ暗いところだったかな?」
 「お前見た目いいし、やばいと思うぞ。士官学校ってーと上級生はのさばってるし、新入生からは誰か必ず祭り上げられるし、軍人になったらなったで上官に苦しめられるし、信頼していいかどうかの見極めが難しいって」

 エドワードが聞き返す間もなく、ジェームズがケビンを指した。
 「こいつの伯父は軍人なんだ」
 軍人だと聞けば好奇心が沸く。カーペンターという姓の軍人は知らないが、もしかしたらどこかで見かけた人かもしれない。
 「へぇ。セントラル?」
 「いいや。西方司令部勤務の中佐。かわいそうだけどあれ以上は昇進しないだろうな」
 そういってケビンは苦笑した。
 「人がいいから損ばっかりでさ、俺が士官学校に入りたいって言った時も親より反対したんだ」
 「士官学校? ……」
 思わぬ言葉が飛び出して、エドワードが目を丸くしたが、ジェームズは打ち明けられていたようで表情を変えなかった。
 「そ、ちょっと前だとセントラル中心にゴタゴタしてただろ? 俺も何か出来るんじゃないか、なんてちょっとした正義感もあったわけだ。そんで士官学校に入るつもりだったんだけど、伯父が怒鳴り込んできてさぁ。びっくりしたね。まぁ、あの伯父がそんなに反対するんならやめようかなって。それで大学(ここ)に」
 「あー。あれか。んーそうなんだ」



 セントラルのゴタゴタはエドワードにとって意味深いものだった。あれはエドワードがもうすぐ十六という時期だったから、大体二年近く前のことだ。
 あの時は傷の男やらホムンクルスやらシンのプリンスやら父親やら謎のおっさんやらで本当にゴタゴタだった。
 まあそれは裏の話で、世間的にはせいぜいスカーとか連続テロとかお偉いさんへの襲撃とか、その程度のはずだったけれど。

 セントラルで生まれた火種はその内に国全体に広がった。小さいものも大きいものもだ。エドワードはセントラルや北部を動き回っていたが、南部でも同じような騒ぎだったのだと思う。
 黒い火種が完全に消されたのは半年ほど前だ。エドワードは腕を取り戻し、アルフォンスは身体を取り戻した。表では反逆者やテロ一味が捕らえられ、エルリック兄弟が混乱に乗じるようにして資格を返上した。



 「君の後見人は何も言わなかったのか?」
 言うも何も軍属で、しかもそのゴタゴタの中心にいたのだ。
 「……ん、あの人はあんまりオレに指図しないから。『私は私、君は君』みたいな。っていうかまず最終的な目的が全然違うんだ。実はさ、大学勧められるかなり前から世話になってるんだよね。もー恩なんて返せないくらい貰っててさ」
 今からどーしよーって悩み中。

 ケビンが吹き出した。真剣に語っていたエドワードははぁ? と不機嫌になった。見ればジェームズも顔を背け、その肩は震えている。
 「何がおかしーんだよ!」
 「いや。お前、結構考えてんだなぁって」
 「何? オレってそんな人間に見えてたの?」
 「まぁ。……君って反発心強いだろう。後見人ってなるとその対象になるかなと思って。君に目を付けたんだ。只者じゃないんだろう?」
 にやりと笑われて、エドワードはたじろいだ。
 まさかバレているんじゃないだろうな。
 「あはははは。まータダモノじゃねーな。クダモノより甘くてケダモノより陰険でクセモノってのがぴったりだなー」
 「何言ってんだ?」
 エドワードは無理やり笑いで誤魔化した。

 「ま、とにかく。君は士官学校に入るつもりで、ユニバーシティって頭はなかったのか。……って本当はハイスクールだな」
 「そーゆーこと」
 エドワードは勢いよく頷いた。
 「ストップ! 質問」
 ケビンが片手を上げる。すかさずジェームズが応え、彼らのやり取りは漫才みたいにナイスなタイミングだった。
 「お前は軍人になりたかったのか? それとも、大学に入ったってことは勉強したかったのか?」
 エドワードは逡巡した。それを迷ったことはない。けれども口に出すのは気恥ずかしいものがある。
 「……軍人になりたかったわけじゃないよ。勉強とか、自分のこと考えたのもあの人がそう提案してくれたからで。……その。あー、士官学校って考えたのは」
 今こうしていられるのは全部ロイのおかげなんだ。
 絶望から立ち上がらせてくれたのも、くじけそうな時叱咤してくれたのも、いつも助けてくれたのも。……だから。

 「あの人の役に立ちたいと思ったんだ。助けてもらった分、少しでもいいから役に立ちたかった。……半年くらい前にさ、縁が切れそうになったんだよ。オレの目的は達成しちまったから、もうお終いだねバイバイって言われそうで。それは何だか嫌だったんだ。軍に入ればあの人のそばにいられるし、近くに留まるための唯一の方法だと思ったんだ。だから軍に入ろうって」

 恩を返すためにはどんなことも厭わなかった。ただあのまま別れてしまうのは耐え切れなくて、どうにかしてロイの元にいたかった。そしてひねり出した方法が軍に入るということだったのだ。

 「それ、弟君にも言ったか?」
 「え? ……だって恥ずかしいだろ。こんなグチグチ。兄の威厳に関わる!」
 頬を高潮させて言うエドワードにもはや威厳も何もあったものではない。
 「兄弟同士仲いいのは結構だけどさ、言わないと分かんねぇこともあるもんだよ。俺も妹と喧嘩するたび「女心が分かってないー」とか言われるし」
 「それってちょっと違うくない?」
 「確かに外れかけていないとは言えないが。……君は外見と内面のギャップがあるんだよ。軽口叩いている割には物事を思慮している。弟君はきっと君がそういうことを考えてたって知らないと思うよ」
 そうかな? とエドワードはうつむいた。



 旅をしていた時は目標が一つだったので、互いに一つの方向性しか持っていなかった。エドワードはアルフォンス、アルフォンスはエドワードに。互いに互いが一番に優先するものだった。
 それが目標を達成してしまってからはぱっと広がってしまった。それは視界とか、世界とか。支えてくれた人や助けてくれた人に対して恩返しをしたいと思ったし、いろんな人と関わりたいと思った。
 アルフォンスとの会話の内容も変化したし、本来兄弟といえども別個の人間なのだから頭の中まで分かるはずもない。今まで互いの存在が近く、しかも精神の混線で異常な状態だったのだ。



 「もう少しじっくり話してみれば?」
 「そんなもんかな?」
 「兄弟喧嘩なんてどっちかが折れればすぐ仲直りするもんさ」
 ま、頑張ってみろ。

 悪いことをしたつもりはないのに自分が折れるのかとエドワードは不服に思いつつ、このまま冷戦状態が続くのも居心地が悪いよなぁと、素直に頷いたのだった。





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