「じゃあ、ボク、テスト近いので」
 一見いつもと変わらぬ夕食を終え、アルフォンスはそう言って自室に戻って行った。
 残されたのはロイとエドワード。
 エドワードは空になった食器を重ね、シンクへ置きに行こうと立ち上がりかけて……遮られた。しぶしぶながら腰を下ろすしかない。
 仰々しく一つ咳をすると、ロイは言った。

 「君に話がある」





その後  12





 「申し開きの場を与えよう。エドワード、何か言うことはないかね?」
 てっきり何か厄介事が持ち上がったとか、無差別通り魔の件かと思ったエドワードは何か違うと直感した。
 にこやかに笑うロイに、何かしたかな? と考えを巡らすが何も思いつかない。
 「オレ、最近は何も……」
 不気味な笑みが深くなり、エドワードは口をつぐんだ。

 「ではなぜアルフォンスと喧嘩をしているのかね?」
 「げ、何でそれ……」
 ロイは表情をいつも通りに戻し、ため息をついた。
 エドワードがたじろいだのも無理はない。ここ数日冷戦状態だったのは間違いないが、ロイの前では当たり障りのないやり取りはしていたから気付かれていないと思っていた。というか気付かれたくなくて最低限のやり取りはしていたのだ。

 「君達はいつも互いの料理をべた褒めしつつ、討論をしているのに何日か前からぱったりとなくなった。表面上は変わりがなかったが、気を付けてみると君はやたらと落ち着きがないし、アルフォンスは笑顔でガード。これは何かあったな、という結論に至ったわけだ」
 「だからって何でオレが申し開きしなきゃならないんだよ」
 「アルフォンスが本気で怒っているから。どうせ君が何かしたんだろう?」
 「オレを先に疑うのかっ!」
 「当然だ」
 「…………」
 「これならアルフォンスの弁当事件の時の方がまだマシだったな。あの時は結局彼が実力行使に至ったわけだから。兄弟喧嘩は大っぴらにやってもらった方が楽だよ。こちらの気が休まらない」
 今回殴り合いにならないのは、話の中心にいるのがロイだからだ。そんなことをすれば理由を尋ねられるだろうし、そんなこと言えるわけがない。

 「……ごめん」
 「それは私に言う言葉じゃないだろう。一体何が原因なのかね? 私でよければ相談にのるよ」
 そういうロイが原因、というか理由なのだから相談も何もあったものじゃない。
 「い、いや。相談なら友達にした……っていうかさせられたっていうか。まぁ、とにかく! 今夜辺り話してみようかと思ってたんだ。気ぃ使わせて悪かった」
 しどろもどろになりつつ答えたエドワードに、ロイが微笑んだ。それはもう、これ以上ないほどに柔らかく。
 「何?」
 「いや。何でもない」
 「んなわけあるか! 言えよ。不気味だ」
 顔をしかめられれば、ロイは「失礼な」と言った。
 「君の口から『友達』なんて言葉が出たのがね。……嬉しい、と言うのかな。その様子なら学校も上手くいっているようで安心した」

 エドワードは内心で叫んでいた。顔が赤くなっていないだろうか。
 旅をしている時はこういう顔は全くと言っていいほどしたことがないのに、最近は容赦なく恥ずかしい言葉を寄越す。アルフォンスはそれを当然のように受け止め、応えているのに、エドワードはいつまでたっても慣れない。
 あの大佐がこんな顔をするというのが何となく受け入れ難い。
 今まではどこからどう見ても叱咤し、無理やりにでも立たせてくれる存在だった。手を差し出してくれることはあっても、それは力強いもの。甘やかすことがあっても、それは飄々とした態度で猫を構うようなもの。
 それがどうしてこう。

 頭をかきむしりたいのを我慢して、投げやりに話をそらす。
 立ち上がって、食器を重ね直す。ロイの方に周り、同じように片付け始めた。
 これ以上は耐えられない。真っ赤になっているのを指摘される前に落ち着かなければ。
 「学校と言えば、今日も登下校に気を付けろって放送があったぜ。早く通り魔捕まえろよな。エレメンタリーなんて集団下校するようになったんだぞ」
 「耳が痛いな。こちらも手は尽くしているのだが無差別だし、人相も割れてないしで……君は知らなくていい話だったな」
 口が滑った、と言う様子でロイは渋面になった。本当に通り魔事件についての情報を一切流さないと決めているらしい。それがエドワードは何だか面白くない。
 「オレを使えると思ったらいつでも呼び戻していいんだからな。元軍属だったんだし、軍が動けなくてもオレなら動ける場合もある。容疑者くらいなら上がってるんだろ。少しくらいなら接触してみても……」

 「エドワードっ!!」
 
 怒鳴られ、反射的に身をすくませた。触れていた皿を取り損ねて、テーブルにぶつかる音がした。
 その一瞬で腕を引かれてバランスを崩す。あっと思った時には温かい感触。
 「そんなことはしなくていい。君は……君達兄弟はもう危険なことに首を突っ込むな。折角『普通』になれたのに。あぁもう。君達に何かあったら、私は」
 先程の激昂は欠片もなく、微かに感じるのは怯えに似たもの。
 抱き締めている腕に感情的な力が込められていく。
 その瞬間、エドワードは何となく気付いてしまった。アルフォンスの言いたかった事が。温和で兄に甘々な弟がなぜあんなに怒ったのか。
 近過ぎで気付かず、さらに輪をかけて鈍感な自分と違って、アルフォンスはずっと気付いていた。おそらくだけれども、確かに。
 ――そんな風に思う必要は全くないのに……
 今伝えても、きっとロイは耳を貸さない。こういうのはタイミングも大きな要素になる。エドワードは弟との仲直りが先と判断した。
 「やっぱさ、オレが悪かったみたい」
 やんわりとその身体を押し返し、再び食器を手に取る。
 「後で謝りに行く。あんた風呂入ってこいよ。今日の片付けの当番はオレだし、忙しくない時くらいゆっくり風呂入って早めに寝ろ。またいつ呼び出されるか分からないんだから」



 片付けを手伝うと申し出たロイを強制的に風呂場に押し込んで、エドワードは皿や鍋を洗い、すすぎ、清潔な布で拭いて棚にしまった。
 身に付ける癖がついてきたエプロンを外し、息をつく。
 言われた通り長湯なロイはまだ浴室。アルフォンスは一度も降りてきていない。
 エドワードは紅茶を二つ用意し、トレイに乗せた。一度風呂場に行ってロイが湯船に沈んでいないことを確かめ、今日を終える挨拶を交わす。
 それからトレイを抱えて、共同の部屋のドアをノックしてみた。
 やはり返事はなかった。





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