その日の朝食は珍しく穏やかだった。

 ロイは今夜決行される無差別通り魔事件の容疑者の捕縛作戦のために普段通りの出勤だったが、それを兄弟が知ることはなかった。本来ならば司令部に詰めているのが当然だろうが、普段と違う動きをすればエドワードやアルフォンスが何か嗅ぎ付けてしまうだろうとのことで、いつも通りの時刻に朝食をいただくことになった。

 今日の朝食当番のアルフォンスは目玉焼きとウインナーを器用に同じフライパンで焼いて、エドワードは寝惚け眼で椅子に座っていた。






 その後  16






 目覚めが悪く、目玉焼きに砂糖をかけようとしてアルフォンスに止められたエドワードだったが、食が進むにつれて覚醒した。

 「今日も遅くなるかもしれないんだ。ウィンリィ嬢と外食するかね?」
 遅くなるのはここ数日続いていることなので、二人は別段何も考えずに答える。
 「うーん。ボクはどっちでもいいけど」
 「外食却下! 今日は人のいるところで食うの疲れる。夕飯食ったらすぐ寝たい」
 ウィンリィは工具一式を携えてくるだろうから、持ち歩くの面倒だし。
 そう愚痴ったところでロイとアルフォンスが強く肯定した。
 「フィズ教授へのレポート提出か」
 「それに、無闇に外出歩いてまた機械鎧の調子が悪くなったらマズイし」
 「そうそう。そんなことになったらミンチにされる」

 言ったエドワード自身が青褪める。
 「じゃあ、ボクらは家で食べます。大佐の分は……」
 「ああ、用意しなくていい。すまないね」
 「いいえ。気を付けてくださいね」
 そこでそれぞれが動き出す。空になった食器をシンクに持って行き、迎えに来たエンジン音にまずロイが家を出た。
 その後始業時刻が迫るアルフォンスが出て、講義は二コマ目からのエドワードが流しを片付けて、マスタング家は空になった。










 「…………はぁ」
 捕縛作戦の準備が着々と進む中、所々で見える部下達の鬼気迫る表情に、ロイは呆れと妙な感心で息を吐いた。

 「エルリック効果ってヤツですか。すげーすげー」
 気の抜けた声はもちろんハボックだ。ロイとは違い、彼は今回現場に出る。通信で召集されているフュリーとは違い、自身に危険が及ぶ可能性のある立場だ。それでこの様子。彼らしいといえば彼らしい。
 有事の際には常に完璧な援護に徹するリザは、これが通り魔という楽観視されやすい事件だったために現場には出ない。加えて容疑者イコール犯人という決定的な証拠が掴めなかったこともあり、全面的に軍が作戦を展開することはできなかったのだ。
 こういう所で軍と憲兵の連携が上手くないと非常にやりにくい。

 「随分と余裕だな」
 「そうでもないっスよ。ただ、意見は一致しているし、誰が指令を出すのかもみんな分かってますから」
 そう言ってハボックはにやりと笑った。
 肩をすくめて歩き出したロイの後を、ハボックがくっついて行く。
 「俺はこっちよりもあいつらの方が心配ですけどね」
 「あいつら? ああ、エドワードとアルフォンスか」
 「だってトラブル体質でしょう。特に兄貴の方。今回の動きも勘付かれてないでしょうね、大佐ー」
 「私はいつも通り家を出てきたつもりだがな……。おそらく作戦の展開に巻き込まれることはないだろう。日が落ちてから作戦を開始するしな。今夜は家で夕食を食べると言っていたから外に出ることもない」

 ハボックは少し意外そうに聞き返す。
 
「あれ、今日って幼馴染が来るんじゃなかったっスか? よく外食になりませんでしたね」
 「エドワードはここ数日ほぼ徹夜だし、最近足の調子がよくないんだ。しかも下手に動き回って壊したらウィンリィ嬢の鉄拳が下されるとね」
 「そりゃいいや」

 家事を兄弟に任せて忙しさにキッチンに立ち入ることも、ましてや冷蔵庫を覘くこともなかったロイは、その中がほとんど空だということを知らなかった。材料もなしに食事を作ることはできない。
 そして夕食の材料を調達する場所がどこなのかも、知っているはずがなかった。










 放課後を迎え、アルフォンスは真っ直ぐ駅に向かった。
 案の定、列車は少し遅れて到着した。混雑した中で、結構な大荷物を持ったウィンリィを見つける。
 「お疲れさま」
 「うわーアル久しぶり! 背伸びたんじゃない?」
 再会にはしゃぐウィンリィから工具箱を受け取って、肩に掛ける。ずしりと重かったが、今のアルフォンスには大した負担にはならない。


 「ごめんね、疲れてるのに買出しまでつき合わせちゃって」
 市場に続く通りを歩きながら、アルフォンスが言う。けれども、ウィンリィはそんなことはないと首を振る。
 「リゼンブールと違っていろんなものがあるから見て回るのも楽しいよ。そうだ、エドも合流するんでしょ?」
 「うん、兄さんは大学からこっちに向かってるはず。時間を少し過ぎてるから、今頃大学を出たと思うよ。ボクらがゆっくり歩いていけばちょうど落ち合えるかもね」

 「時間?」
 ウィンリィが首を傾げた。
 それに合点したアルフォンスが歩く速度をいつもよりも若干ゆっくりにする。
 「ほら、電話で言ってたレポート。その提出期限が今日なんだよ」
 「……あはは。じゃあエドここ何日かろくに寝てないんでしょ」
 「当たり」
 ウィンリィが呆れて額を押さえる。エドワードの行動はものすごく分かりやすい。
 「今日中に一度機械鎧を診せてもらおうかと思ってたけど、明日以降にするわ。途中で寝られると困るし」



 市場が近付いてくると顔馴染みになっている店が多くなる。入り口の雑貨屋の前でエドワードを待っていると、店番をしていた恰幅のよい奥さんが意味ありげな笑みを浮かべて声をかけてきた。
 「アルじゃない。女の子連れてるなんて珍しいねぇ」
 アルフォンスは慌てて弁解する。
 「そ、そういうんじゃなくて。幼馴染なんです」
 「幼馴染ねぇ。かわいいじゃないか」
 「ウィンリィ・ロックベルです。何日かこの街に滞在する予定なんです」

 「おや、よそから来たのかい?」
 「はい。リゼンブールから」
 「それはそれは随分遠くから。ウィンリィちゃん、エドとも何でもないの?」
 「はい?」
 「だってねぇ、エドは特に女っ気がないんだもの。彼女の一人でもいる年頃だろう?  それなのにそういう浮いた話が全然ないんだよ。まぁ、アルの方は学校帰りに女の子とケーキ屋にいたって目撃情報があったけどね」
 「あいつなんて眼中にないですよ。だってエドはまだまだ背が足りな……」
 「だぁれが弟に身長越されて、男なのに幼馴染の女と同じくらいかぁ!!」
 女の会話に咲いた花が蹴散らされる。

 「あ、兄さん」
 ウィンリィの言葉を遮るために全力疾走してきたためにぜいぜいと肩で息をしているエドワードをアルフォンスが労った。
 「お疲れさま。でもあんまり走ったりしない方がいいんじゃない?」
 「大丈夫大じょ……」
 「それを判断するのはあたしの仕事! スパナ出しとけばよかった。殴る道具が一つもないわ」
 「殴るなー!」
 わいわいとやりだした三人に、通行人が珍しそうに振り返って苦笑した。





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