「本当に詰めてたみたいね」
 あくびを噛み殺したエドワードに、ウィンリィがため息をつく。
 「しょうがねぇだろ。午後四時までっつうんだから期限は守んねぇと。こんなキチキチしてんの大佐のせいだ。ゼミ生だってまともに出しゃしねーのに」

 「…………」

 「何だよ」
 ウィンリィの奇妙な視線を感じる。
 「何かいいなーって。あんたが学生って本当におかしいわ」
 「何だそれ」
 「それじゃ感心してるのか、けなしてるのか分かんないよ」
 けれども気持ちはよく分かる、とアルフォンスが苦笑した。





 その後  17






 「じゃあ、今夜のメニューは……」
 「シチュー」
 「言うと思ったわ」
 間髪入れずにメインメニューを決めたエドワードは、用は済んだとばかりに一歩下がる。材料探しや値段交渉を請け負うだけの気力体力は残っていないらしい。

 「兄さん、そんなに疲れてるなら先に帰っててもいいよ。ここで卒倒されてもこの荷物じゃ背負えないし」
 「そんな心配するほどかよ。へーきへーき」
 過労や睡眠不足でくたくたでへろへろになっていたのは少し前の話だ。
 本人は当時ほどの無理を重ねていないことが経験上何となく分かっていたので軽く答えていたが、周りは見えない分、過度に心配してしまう。アルフォンスは特にその傾向があった。

 「アル、甘やかしちゃだめよ。昔と同じじゃないんだから、エドだって自分のことくらい分かってるわよ。じゃ、あたしあそこのリンゴ見てくる」
 そう言って色付きのよい果実を品定めし始める。
 「リンゴ? 何に使うんだろう」
 首を傾げたのはアルフォンスだ。カレーなら分かるが、献立はシチューと決まったばかりだ。付け合せのサラダにでも使うのだろうか。

 「そりゃお楽しみだ。今日のはきっとお前のために作ってくれるんだから」
 訳知り顔で笑んだ兄の横顔に、リンゴの使い道が思い当たった。
 途端にアルフォンスが興奮しだす。
 「うわー。嬉しいな。オーブンちゃんと掃除しててよかったぁ。アップルパイ、ワンホール焼いてくれるのかな。ボクも作り方教えてもらおうっと」
 果実を袋に入れてもらい始めた幼馴染の下へ向かおうとしたアルフォンスを、エドワードが僅かな動作で止める。
 「ちょい待ち」
 「何? 兄さん」

 「さっきブロッシュ軍曹と会った。見回りだって」

 ウィンリィの様子を眺めながら、エドワードが明日の天気でも言うように呟いた。対照的に、アルフォンスは眉を寄せる。
 「何でそういうことを早く言わないかな。一応聞くけど、他に変わった様子はなかった?」
 「よく分からないけど、祝賀会に誘ってくれてありがとうって。後、数は変わってないけど憲兵が何となくぴりぴりしてるような気がする。お前こそ街中歩いてきたんだろ。ウィンリィとの会話に夢中になりすぎ」
 揶揄するような言い方に少々苛立ちも覚えるが、事実なので大した言い返しはできない。
 「仕方ないでしょ。不本意だけど、どこかで動きがあってもボクらは何もできない。大佐に迷惑をかけることにもなりかねないし、買い物を済ませて早く帰ろう」



 平穏を取り戻した街で、昼間から軍人が目的もなく歩いているはずがない。通り魔事件で配備されるようになった憲兵や軍人だって、大抵は日が降りて薄暗くなる頃からだ。加えて、事件が起こっているのはエドワード達の普段の行動範囲と若干ずれている。

 それなのに、見回りなんておかしなことだ。もしかしたら本当にただまだ被害のない地区の見回りという可能性もあったが、エドワードはその中に違和感を感じた。彼の感覚は研ぎ澄まされていて鋭く、どんな内容でも信頼に値する。
 エドワードが疲れているにも関わらず、一緒に行動しているのも弟と幼馴染を心配してのことかもしれない。



 「ウィンリィは、」
 「さっき着いたばかりだし、多分何も知らないと思う」
 「オレ達もな」
 例え軍が動こうと、憲兵が動こうと、どんなことになっているのか分からないのなら、自分達は一般市民と変わらない。情報がなければこんなにも動けなくなるのだという事実に、兄弟は少しばかり消沈した。

 「どうしたの? シチューの材料買いに行くんでしょ」
 リンゴを抱えたウィンリィが走り寄ってくる。
 二人は頷き合う。
 「ウィンリィ、さっさと買って帰ろうぜ。早く食って寝たい」
 「何なの、我侭ねー」
 「ボクもリゼンブールのこととか、食べながらゆっくり聞きたいな。残念だけど、今日は大佐がいないから材料は三人分かな。それとも少し多めに作っておく?」
 「大佐なんかほっとけ」
 「「よし、じゃあ少し多めに」」





 アルフォンスは人参からミルクまで、てきぱきと市の中を立ち回った。ウィンリィはそれに気付くこともなく、抜群の決断力で荷物を増やしていく。エドワードはその袋を抱えて付いて行く。もちろん周りに注意を払いながらだ。

 無事に目的のものを手に入れた時には帳が降り始めていた。大して時間は経っていないのに、最近は日が落ちるのが早いのですっかり黄昏時だ。

 「買い忘れはないわね。ってあー! しまった!!」
 突然悲鳴を上げた幼馴染に、近道を通ろうかと相談していた兄弟はびくりと飛び上がる。
 「一体どうし……」
 「ごめん。シナモン忘れてた。ちょっと買ってくるから、あんた達ここで待ってて!」
 ウィンリィは言うなり、混雑し始めた市へ舞い戻る。あっという間に姿は紛れて見えなくなった。

 「シナモンなんてそれこそ何に使うんだよ!」
 「兄さん、アップルパイの作り方調べといた方がいいよ……じゃなくて。どうする?」
 何もなければいいのだ。いつもと少し雰囲気が違うからといって、それが必ずしもよくない事の前兆ということにはならない。
 けれど、この人ごみの中にスリや何やらがいないとも限らないじゃないか。
 二人は瞬時にそう合点しあった。彼女は大事な幼馴染だ。

 「行き違いになるといけないから、兄さんはここにいて。ボクが探してくる」
 「アル、オレが行く。お前が残……」
 「兄さん。まだウィンリィに機械鎧診てもらってないんだから、極力動かないでね。それにボクは兄さんより早く見つけられるだろうし」
 「……ちくしょう! 率直にオレは小さいから人に埋まるって言われた方がマシだ!!」
 少々涙目になりながら、エドワードはアルフォンスからウィンリィの荷物を受け取った。



 市の端で足元に荷物を置くと、眠い目を擦ってため息をつく。
 袋から見え隠れするミルクに、エドワードはもう一度ため息をついてしまった。





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