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旅行用の大きめのバッグ、一式が入った肩に掛けるタイプの工具箱が一つ、レポートを仕上げるのに使った資料が入った自分のリュックが一つ。そして買い物袋が一つ、二つ、三つ、四つ……。
エドワードは眉を寄せた。
辺りを見てくるにも、この荷物を置いていくわけにはいかないだろう。まさかとは思うけれど、荷を盗られないという保証はない。ターゲットは財布だったが、現にたった今被害にあったばかりだし。
第一、代金を払って戻ってきたウィンリィが困惑するだろう。 アルフォンスならこのマーケットをよく利用しているから迷うこともないし、いざとなったら家に戻っていればいい。けれどもウィンリィは今自分達が暮らしている家の場所も知らないのだ。
精一杯背伸びして、騒いでいた方を窺う。静まってきているところをみると、おそらくアルフォンスが男を捕まえたのだろう。彼から逃げ切れるわけがない。切羽詰っていたのかもしれないが、人の財布を盗ることは許されない。ましてや少女を標的にするとは。
こんな人混みだ。アルフォンスのことだから最小限の被害に止めたとは思うが、もしかしたらどこかの店の棚をひっくり返すくらいはあったかもしれない。本当ならば復旧に行くのに、やはりこの荷物が邪魔だ。これがあるからここから動けない。
「ったく」
その後 19
とりあえず軍には通報したのだから、直に憲兵が来てくれるのは間違いない。これで憲兵も現れなかったら何かが起こっている証拠だ。 市の様子はまだ混み合っているし、日も傾いてきた。
「ウィンリィ!」
戻ってきた幼馴染はエドワードのふてくされたような顔に首を傾げた。 「はい、財布。助かったわ。で、アルは?」 棚でもひっくり返したの直してるんだろ、とぶっきらぼうに言う。その視線は軍人か憲兵を探していた。
「エド、どうかしたの?」 「いいから、荷物持て。さっきの雑貨屋まで行くぞ」 ウィンリィは戸惑いながらも工具箱を背負って荷物を持った。エドワードは買い物袋を担ぐと人の合間を縫うように足早に進んで行く。 「ちょっと、一体どういうこと? 何かあったの?」
「お前を怖がらせるつもりはないし、隠してたわけじゃないんだけど。……最近ここよりちょっと離れたところで事件が起こってて、その見回りだと思うんだけど、さっき軍の人と会ったんだ。近くにいたはずなのに騒ぎを止めには誰も来なかった」 「今軍が動いているっていうの?」 「騒ぎは通報したから、スリの犯人を引き受けに憲兵が来てくれるはずなんだ。でも来なかったら異常事態ってわけ」
だから軍人か憲兵を見つけたら教えてくれ。 すぐ来てくれればオレの考えすぎだったってだけだから。
エドワードは少しだけ振り返って肩をすくませて見せる。 「あー、この人じゃあ背伸びしなきゃ周りが見えないもんね。大丈夫よ、あたしだってそんなに見えないから」 ぴくりと反応したエドワードに、ウィンリィは笑う。本当にこの手の冗談が通じない。
その時、ピーという笛の音が鳴った。憲兵らが使用する警笛だ。 「来たじゃない。よかった……」 ウィンリィがそう言い終わるか終わらないかの瞬間、人の流れが変わる。そして誰かの悲鳴が上がった。
「わ、悪かった。もう逃げんから、いででででっ」 地面に倒され、腕を捻り上げられた男は涙目で訴えた。 「ボクが偉そうに言えることでもないんですけど、盗みはやっちゃいけないことです。残念ですが憲兵に引き渡します。彼女は優しいので窃盗だけですむと思いますけど」 男が間抜けな顔で聞き返す。 「膝をすりむいていましたから。彼女は傷害罪で訴えることもできるんですよ」
言外にこれ以上罪を重くするなと言われて、男はがくりと肩を落とした。 「ご主人、憲兵が来るまでこの人を預かっていてくれませんか?」 「合点承知! 若いのにすげぇなあ」 気付けば周りは正義感溢れる青年を見る目になっていて、その視線にアルフォンスは一瞬固まった。随分と大捕り物になっていたようだ。
「あ、棚の足を壊してしまってすみません。今直しますから」 そう言って地面に構築式を描いていく。両手を突けば光が生まれる。 「あんた錬金術師か。助かったよ」 主人がアルフォンスの肩をばんばんと叩く。犯人の男はすっかり逃げる気を失ったようで、申し訳なさそうな顔をして隅にいた。 「ボク、他の店の様子も聞いてきます」
幸い品物をだめにするようなことはなく、紐が切れたり、外側に置いていた棚や椅子が倒れたり壊れたりしていた。男も逃げるのに必死だったらしい。 「これでよし。本当にすみませんでした」 「いいよいいよ。あんたお手柄だったんだって? 若いのに立派だねぇ」 恰幅のよいおかみはそう言ってアルフォンスを褒めた。
「じゃあ、ボクはこれで……」 軽く頭を下げたところに、憲兵の使う警笛が鳴った。 「ほら、引渡しはあんたの役目だろう? もしかしたら表彰されるかもねぇ」 「まさか。あれ? 騒ぎは収まってるはずなのに何で警笛なんか……」 「そう言えばそうだねぇ」
二人で顔を見合わせた時、アルフォンスは少し遠くで悲鳴が上がるのを聞いた。
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