応答を求める声と、通信機の向こう側から聞こえる乱れた足音と悲鳴。部屋の中が一気に騒然とした。

 「市民の安全を優先しろ! 間違っても人質など取られるな。こちらにいては状況が把握できない。……後は現場の判断に任せる!」
 最低限の指示を出し、ロイは了解の声を聞く。舌を打って部屋を飛び出そうとした所で鋭い声がした。

 「大佐、どちらへ行かれるつもりですか」
 リザがにこりともせずに眼差しを向けてくる。
 「現場に決まっているだろうが」
 周りの軍人達はその殺気に満ちた二人の空間に巻き込まれないように情報収集を進めている。

 「マスタング大佐にはここにいらしていただかなくてはなりません。あなたは指揮官です。指揮官の行うべきは状況を把握し、判断して最善の指示を下すこと。のこのこ現場に出て行っても今回のような場合は役に立ちません」
 「しかし……」
 言いよどんだ一瞬を付いて、リザは追い討ちをかけた。

 「混雑している市で、あなたに何ができるというのです。現場には街に慣れている憲兵らもいます。ハボック少尉、フュリー曹長の両名も付近に待機しています」
 「……彼らを信頼していないわけではないよ」
 「それでしたら大佐はこの部屋から一歩も出ないでください」
 リザは今度はにこりと笑って、ロイは素直に頷いた。





 その後  20





 心地いいざわめきに悲鳴が上がって。
 ゆっくりと流れていた人の波が崩れて。
 その大波がぶつかる一瞬前に、エドワードはウィンリィの手を思い切り引いて、脇道へ逃げ込んだ。

 異様な騒動に、ウィンリィは痛みがあったはずの腕も気にならなかった。
 エドワードに手を引かれるままに店の裏手を回って、気付けば雑貨屋まで戻っていた。
 「ウィンリィ、お前はここにいろ。おばさん、こいつのこと頼む」
 エドワードは何が起こっているのか分からずあたふたとしている雑貨屋の奥さんと一言二言交わして、人の波に逆らうように飛び込んで行った。










 腕にチリとした痛みが走って、アルフォンスは男が刃物を持っていることに気付いた。目の前に明らかに犯罪者の臭いがする男が一人。まだ若い。
 周りを見れば逃げ遅れた人がまだ少なくない。襲われかけていた女性は、アルフォンスが止めに入った隙を突いて逃げ出せたらしい。

 錬金術で地面を落とすか、檻のようなもので覆ってしまえばいいのだが、逃げ惑う人々の動きが予想できないために、術を使えそうな範囲が狭すぎて定まらない。それに何か、誰かが近付いて来ている。
 整った足音。小さく、けれども確実に聞こえる声。

 「アルっ!」
 「確保ーっ!」

 声はほぼ同時だった。男が一瞬気を取られたアルフォンスをなぎ倒し、現れた軍人の一人に向かって突進する。めちゃくちゃに刃物を振り回す男が、威嚇射撃をしようと足元を狙っていた軍人に切りかかる。結果、銃声は威嚇の意味を成さず、余計に市民をパニックに陥れることになった。

 「アル、大丈夫か? ウィンリィは雑貨屋に置いてきた」
 「平気。こんなに軍人がいても狭い路地に入られたら役に立たないよ。兄さん、ボク達、」
 本当なら、軍の介入があるなら自分達はここで立ち止まるべきだ。でも。
 アルフォンスの言葉尻も聞かずに、エドワードが地面を蹴る。

 「この辺の抜け道、裏道まで知ってるオレらの方がよっぽど役に立つだろうが。躊躇すんな! 大佐に怒鳴られる覚悟だけしとけ」
 「うん!」





 追え、見失ったか? などという声が飛び交う路地の一角よりもう二本脇道の陰に、兄弟はいた。
 走って上がった息を極力抑えて、気配を消す。まだ人の声やざわめきが聞こえる。
 そして、小走りに駆けて来る者の足音も。

 ビンゴ!!

 間違いなく、刃物を振り回していた男だった。待ち構えていて思うのもなんだったが、どこを逃げてきたのか、足元がおぼつかない。それでも容赦なく蹴りでも食らわそうとエドワードが飛び出そうとした瞬間、ひくりとしゃくりあげる声がした。
 男がゆらりと体勢を変える。獲物を見つけた捕食者のように、醜い笑みを浮かべたような気がした。

 迂闊だった。自分達以外の人間がいることに気付けなかった。
 一瞬躊躇ったエドワードが飛び出し、うずくまっていた子供を引っ掴んでぎりぎりのところで避ける。
 「兄さん!」
 男を挟んで、向こう側にアルフォンスがいる。

 はぐれたのだろう、子供は思っていたよりもずっと小さかった。さすがにしがみ付かれたまま攻撃を避け続けることもできない。エドワードは震えている子供の背を優しくたたきながら、耳元に口を寄せた。
 いいか。放り投げるけど、怖がんなよ。
 びくつきながらも僅かに頷いたのを見て、エドワードは不敵な笑みを浮かべた。





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