らう゛しっくねす  01





 エルリック兄弟が軍に頭を垂れるという驚きのニュースが口々に伝わり、特に勤務地になったセントラルは一時その話題でもちきりだった。

 元々国家錬金術師として軍属だった兄が正式に入隊するというのはある程度現実味があったが、まさか弟までが軍人になるとは誰が予測できただろうか。
 ロイ・マスタングの直属の部下に配置されたエドワード・エルリックとは違い、弟のアルフォンス・エルリックは軍法会議所勤務らしいと人々は噂した。



 ところがこの所、司令部内での雑談と言えば兄のことばかりだった。執務室での面々はともかく、勤務時間内で直に接することが多い食堂ではコック達が額を寄せ合う場面も少なくなかった。

 「今日もだよ。つついてるだけで、ほとんど食っちゃいない」
 「トレー下げる度に謝られたらこっちも何も言えないしなぁ」
 「顔色も良くないし、ため息も多いし」
 「マスタング大佐と喧嘩でもしてんのか?」
 「違うだろ。昨日は大佐が送って行ったらしいし」

 あまりに深刻な顔をしていたらしく、料理長が何事かと尋ねてくる。コック達は目線を合わせ、そして同時に頷いた。
 「「「「「料理長、明日の献立はシチューにしましょう」」」」」





 「エドワード君、何か悩みでもあるの?」
 エドワードの様子がおかしくなってから数日後の休憩時間、リザが紅茶を淹れながら言った。

 昔よりは一人で抱え込まなくなったし、仕事はぎりぎりいつも通りにこなしていたので、心配事があれば自分から話してくれるだろうと放っておいたのがいけなかったのか。
 騒々しさも欠け、顔色の悪さも際立ち、夜も眠れていないのだろうことは明らかで、あまりの様子にリザが声をかけたのだった。

 「大佐も席を外しているし、あの人に原因があるなら力になるわよ」
 ロイの心配様から喧嘩をしているわけではないことは分かっていたが、エドワードがここまで消沈する理由はそれくらいしか思いつかない。アルフォンスにしたって、特によくない噂も聞こえない。

 「っいや、大佐は関係ない。オレの気持ちの問題で。心配かけてるのは分かってるんだけど」
 エドワードは慌てて否定して、そう言葉を濁した。
 「私達にも相談できそうにないこと?」

 親身な態度に、エドワードは俯いた。
 ここ数日の疲労もあり、精神的に参りそうになっている所に救いの手。
 しばらく悩んだ末、エドワードは切り出した。

 「……好きな人が、できたみたいなんだ」

 途端に後ろで耳を傾けていたハボックやブレダ達がむせ返る。リザも目を見張った。



 こうなることは予測しなかったといえば嘘になる。
 大体、愛とか恋とかすらよく知らない年頃にロイ・マスタングという男に捕まってしまったのだ。本物が分からないのだから、手だれの大人にいいように巻かれてしまっても仕方がない。

 そして、今初恋というものに出会ったとしても、それは仕方がない。
 いや、初恋がロイ・マスタングでも、新しい恋ということもある。人間の心は移り変わるもの。恋人同士でも、さらに好きな人ができれば別れるのが当然だ。
 ここで問題なのは、「あなた以上に好きな人ができたから」という理由でロイが納得して解放するかということだ。

 思わず半歩下がってしまったリザに、ハボックが耳打ちする。
 「無理でしょ」
 そうすれば、ブレダやファルマン、フュリーまでがずずいっと寄り集まる。
 「大佐ほど執念深くて執着心強くて独占力のある人間はいないと思います」
 「でも、大佐以上に好きな人って誰だ? 大将って交友関係限られてんだろ」
 「行動範囲が決まっていますからね。今までは大佐以外には目もくれませんでしたから告白してくるような人もいませんでしたし」

 大人達が窺い見れば、エドワードは居たたまれない様子で肩を落としている。
 誰にも相談できないわけだ。
 ハボックが訳知り顔でエドワードと肩を組む。
 「答えたくなかったらいいんだけどな。その相手ってどんな人だか聞いてもいいか?」
 興味津々という態度はリザのひと睨みで潜めたが、やはり隠しきれてはいない。だが、以外にもエドワードは小さく頷いた。

 「近くの人?」
 「何歳ですか?」
 「一目惚れか?」
 「相手は大将のことを知っているのか?」

 意地汚く畳み掛けられる質問に、エドワードは少しうろたえながらも答える。
 「郊外の屋敷に住んでるみたい。年は多分オレとそう変わらないと思う。う、ん。一目惚れだろうな。……オレのことは知らないと思うけど、鋼の錬金術師は知ってるかも。で、何でオレのことを知ってるかどうかが問題なの?」

 エドワードは首を傾げる。
 この時点でリザは何か不自然さを感じて、雪だるま式に大きくなりつつあるこの話を考え直す。
 何となく舞い上がった男どもは、ただひたすらにこの弟分と上司の行く末を案じるばかりだった。



 「こういうことはさっさとはっきりさせた方がいいよな」
 「そうだな。すっぱり大佐に言ってこい」
 「僕らはエドワード君の味方ですからね」
 「私的理由での上司命令は聞く必要がありませんから」
 そうだ、喧嘩になりそうな時は司令部内では止めてくれよ。負傷者が出るとマズイから。
 と物騒な話にもつれ込みかけた時、絶妙のタイミングでリザが制止した。

 「待ちなさい」

 リザは額に手を当ててため息をついた。何となくおかしい気はしていたのだ。
 「エドワード君。恋愛については大佐がとてもよくご存知よ。それに大佐は人脈もおありになるし、相談すれば橋渡しに手を貸してくれると思うわ」
 男達はリザの言葉にクエスチョンマークを浮かべている。敵に塩を送れというのだろうか。
 ただ一人、エドワードはぱっと表情を輝かせた。

 「そうか! 大佐に話を繋いでもらうって手もあったのか。そうだよな、大佐ってその方面得意だもんな」
 それはもう晴れ晴れとした顔でエドワードは立ち上がった。
 「じゃあ、大佐に相談してくる!」
 勢いよく飛び出して行ったエドワードに、リザは安堵の息をはき、男達は顔を見合わせた。

 「?」
 「いいのか? 大佐に相談、で」
 視線を向けられたリザは、肩をすくめた。
 「私達は早とちりしてしまったのよ。よく考えれば、エドワード君が一目惚れなんてあるわけないわ

 リザはエドワードの出て行った扉を見る。

 「だってあの子は愛される分愛するのだもの。恋愛は等価交換のようにはいかないって分かっているからこそ、愛したからって愛されるわけじゃないって分かっているからこそ、不確定なことに関しては限りなく受身なのよね」
 根から錬金術師って難儀よね。
 と誰にともなく呟いた。




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