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――目が回る。上手く思考できない。
自罰という行為。あるいは救済。 01
いつものようにノックもなく扉が開いて、ロイもまた書面から視線を外すことなく答えた。 「よお、大佐」 「お帰り、鋼の」 ちょっとの間が合って、エドワードが「うん」と言う。何度繰り返しても、「ただいま」とは決して言ってはくれないのだ。
「大将、久しぶり」 その時は皆出払っていて、書類に埋もれそうなロイとできあがった書類を運ぶハボックしかいなかった。リザは少しの間席を外していたのだ。
「うん。久しぶり」 エドワードは素っ気なく答えると、ソファにぼすんと腰を下ろした。 そこで初めてロイが顔を上げた。 駅から直行すると言っていたから疲れているのかと思ったのだが、それにしても嫌味一つなく、どことなく覇気がない。口数は多いとは言えないが、数ヶ月ぶりの再会にたった一言とはあまりに冷たい。 弟と喧嘩でもしたのかと考えた。いつもは一緒に顔を出すはずのアルフォンスの姿がない。 ソファに隠れて見えないが、本を取り出す様子もない。 怪訝に眉を寄せれば、ハボックも何か思うところがあったようだった。
「大将?」 「鋼の?」 嫌な予感に椅子から立ち上がれば、エドワードはぐったりとソファに横になっていた。 「……っ調子が悪いのか?」 冷やりとして近寄りつつ尋ねれば、蒼白な顔色で流れる前髪の間からこちらを見上げてくる。 はは、と自嘲気味に笑って「何でもない」と答え、ハボックはそれに驚いていた。
確かにエドワードのガードは常に堅くて、自分を無防備にさらけ出すような真似は絶対にしなかったし、まして人前で気丈な姿を崩すこともなかった。 だからこそハボックは咥えていたタバコを取り落とすほどに驚いていた。
「大丈夫か?」 ロイは払われないように素早くエドワードの額に手を当てた。しかし予想に反してエドワードは身じろぎ一つせず、ぼんやりとした視線を向けてくる。 熱はないのを確認して、ロイは手を離す。 力の抜けきった身体はソファに投げ出され、ロイとハボックはいよいよ焦り始める。 「大将? ちょっとおかしいっスよ」 寝るにしても仮眠室の方が、と言いかければ、エドワードはここでいいと呟いた。 ロイの視線でハボックはケットを取りに早足で部屋を出る。
「今日の君はおかしいぞ」 厳しい声で何かあったのかと問いただせば、 「……う、ん。ちょっと目が回ってる……」 とぼんやりとした調子で答える。 「目眩が酷いのか? だったら医務室に……」 と、そこにハボックが仮眠室のケットを持って戻ってくる。 身体に掛けようとすると、エドワードはゆっくりと起き上がった。「ありがと」と言いつつケットを押しやり、足を引き寄せ、ソファの端に踵を引っ掛けて堪えるように目を両手で覆う。数秒そうして、エドワードは手を離した。
「あー少尉、心配掛けてごめん。ほんと大丈夫だから」 「目眩が酷いらしい。医務室に連れて行く」 ロイが硬い声で言うと、エドワードは「ほっといていいから」と言う。 その態度に、ついにロイが怒鳴る。 「原因が分からないのに放っておけるか! 症状を診るのは医者の仕事だ!」 ロイの剣幕にハボックも唖然とし、エドワードは再び自嘲に唇を歪めた。 「……ちょっと、やりすぎた」 「やりすぎたって、大将、何を……」 あまりに簡潔な答えに、ハボックはますます困惑する。
「……大佐ぁ、黙ってて。……頼むよ。アルには言わないで……」
今にも倒れそうな危うさでかろうじて座っていたエドワードは、突然表情を変えた。 「分かった。アルフォンスには何も言わないから」 ロイは急いて確約する。途端にエドワードは身体の均衡を崩し、ロイが慌てて抱き留めた。 「っ……鋼の! 一体何をした!?」 空ろな眼差しで、エドワードは体重の全てを預ける。それをロイは座り込む形で支えていた。
「……のんだ」
とっさに掴んだエドワードの左手の冷たさが、手袋を通したために数秒のタイムラグの末にやっと届く。 「飲んだ? 何を!?」
「……くすり……」
その答えにハボックもロイもざっと青くなる。 思い当たることは一つだ。 ハボックが側らに置かれていたエドワードのトランクを開ける。雑にだが漁っても見つからない。トランクをひっくり返して、ようやくそれはころんと出てきた。 「大佐。……」 ハボックの手には空になった瓶が握られていた。エドワードが常に持ち歩いている、鎮痛剤の錠剤が入っているはずの瓶だった。いつも点々と各地を旅をしているが故に、それは全くの空になることはまずない。
「いくつ飲んだ!」 冷たいままの手を強く握る。吐き出さないし、意識があるから何十錠も飲んだわけではあるまい。 「……そんなに、のんでない」 ロイはエドワードの身体をケットで包むと、抱き上げた。
「ハボック、中尉には緊急事態だと伝えておいてくれ」 分かりました、とハボックが答える。
廊下に駆け出ると、エドワードが呟いた。 「……たい、さ。あんまゆらさないで。……はきそ」 横抱きにされたまま身を縮まらせたエドワードに、ロイは構わず駆け出していた。
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