――別に死にたいとか、そういうんじゃない。





 自罰という行為。あるいは救済。 02





 タイミングが悪いというのはこういうことで、医務室の扉の張り紙を見て、ロイは思わず舌打ちした。

 ――本日 担当医の急用にて、軍医不在――

 それでも部屋の鍵は閉まっておらず、少々乱暴に開けると室内には人影はなかった。



 すっかり色を失っているエドワードの顔色を窺い、ロイはとりあえず空きのベッドに横たわらせた。
 「鋼の。大丈夫か?」
 呼び掛けてみるが、エドワードは目を固く閉じたままうめいただけだった。
 寒そうに身体を小さく丸める姿に、ロイはケットを多めに掛けてやる。

 どうすればいい? 医務室に医者がいないなど。全く。いっそ病院に運ぶか? そうすれば胃洗浄くらいできる……

 「失礼致します」
 毅然とした声と共に現れたのはリザだった。ハボックに緊急事態だと伺った、と告げると、エドワードの様子を確かめる。
 「鎮痛剤を規定以上に飲んだらしい。嘔吐はしていないが、病院に……」
 「どのくらい飲んだのですか?」
 ロイの言葉を遮って、視線をエドワードから外さないままリザが尋ねる。険しい横顔に、ロイも胸が焦げるような感覚がした。
 「分からない。そんなに飲んでいないとは言っていたが」



 「ちゅ、う……い?」
 エドワードがうっすらと目を開ける。やはり焦点が合っていないような、まどろんだ瞳をしている。顔色も血の気を失って真っ白い。
 「エドワード君、吐き気は酷い?」
 リザが顔を近付けて優しく問う。落ち着き払っていて、取り乱していた自分とは違うとロイは少し情けなく思った。
 しかし、世の中には服薬自殺を図る人間もいる。確か薬によって致死量は違うし、何十錠から百錠以上服用する必要があったはずだが。


 エドワードが小さく頷く。そして息を吐き出すように呟く。
 「あたま、いたい」
 「我慢しなくていいわよ。病院に……」
 「ねてればなおるから」
 エドワードは一息に言って、深呼吸するように大きく息を吸った。吐き気を堪えるためらしかった。
 そっと触れれば顔をしかめる。
 「これ以上酷くなるようなら、病院へ行きましょう。とりあえず、少し眠ってみて」
 リザがそっと言うと、エドワードが頷いた。
 「、ごめんなさい」
 「大丈夫よ」










 ぴくりとも動かずに眠るエドワードの隣りで、ロイが椅子に腰掛けていた。
 もう外は暗くなっている。自分にできることは何もないのだと、ロイはため息をついた。
 コンコン、とノックが聞こえ、ロイは返事を返さなかった。

 「失礼します」
 リザが紅茶を乗せたトレイを軍医用のデスクに置く。
 「昼食もろくに摂っていらっしゃらなかったようですから」
 エドワードが目覚める気配はない。昏々と眠り続けている。
 ロイは感謝を表してカップを手に取り、口に含んだ。



 「慌ててしまって……。私は何もできないんだな」
 エドワードの頬にかかった髪をそっと払いのける。苦痛の表情も、今は随分と穏やかなものだ。

 「『オーバードーズ』ですか。普通初めて見た人は誰でもそうです。睡眠剤などを過剰に服用して自殺を遂げる人間もいるくらいですから。成功率は限りなく低いですけれど」
 特に感情が込められていないリザの口調に、ロイが問う。
 「君は他にこういう人間を知っていると?」

 リザは一旦目を閉じ、そして視線を窓の外に移した。
 「まだ学生の頃です。市販の頭痛薬を飲んでは『計画的に』体調を崩していたクラスメイトがいました。結構親しい方でしたから、何度も『その場』に居合わせたのです。冷静でいられたのはそのためでしょう」
 「その人は今?」
 リザがついと振り返る。エドワードとは似ているが、やはり異なった意志の強いのこもった鳶色の瞳。それがロイの漆黒の瞳を刺す。
 「卒業間近に倒れて、緊急搬送されました。……繰り返し飲んだ薬が原因で、臓器の一部が壊死して、日常生活を送ることも難しくなったのです」
 「…………」
 ロイが目を見開いたまま動きを止めていた。
 リザの方が居たたまれなくなって、目をそらした。

 「鋼のも、そうなると?」
 「繰り返せば、の話です。しかし可能性はあります。今回が初めてではないようでしたし」
 「……鋼のに限って『自殺』ということではないのだろう?」
 「自傷行為です」

 普段から寝食に関心を持っておらず、文字通りぶっ倒れるまで限界まで動き続ける。それだって突き詰めれば、睡眠障害や摂食障害に当てはまるだろう。それもまた、自傷行為だ。
 ロイは再び大きく息を吐いた。



 何となくは気付いていた。エドワードは自分の領域を持っていて、誰に踏み込まれることも許さないところがある。その場所で、自分を責めているのだ。
 「弟を鎧にしたのは自分だ」「母親をあんな姿にしたのは自分だ」と。
 誰にも助けを求めず、それがまるで罪の証だとでもいうように。ひたすらに自分を罰し続けている。

 確信があったわけではない。エドワードは決して弱さを見せようとしないし、落ち込んでいる姿を見ることはあっても、不安に刈られている姿は見たことがない。それだけ強い子供なのだと自分に言い聞かせていたところもある。
 ただエドワードを見ている時、ふとそう感じる時があったのだ。
 この子は罰せられたがっているのではないかと。



 「大佐、アルフォンス君には?」
 「言わないでくれと言われた」
 「しかし……」
 「分かっている。それに、アルフォンスはおそらく知っているだろう」





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