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――時々、本気で兄さんを殴りたくなる。 そんなことは何の意味も持たないと分かっているけれど。
自罰という行為。あるいは救済。 03
「……びっくりしたでしょう。すみませんでした」 ガシャリと鎧を鳴らしてぺこりと頭を下げられると、自分ばかりが大騒ぎしていたような気がして、ロイは気まずさを感じて頭をかいた。
ロイはぎりぎり夕方まで様子を見て、アルフォンスに連絡した。 言葉を濁すと、受話器越しに合点したような様子だった。
「やはり、君は知っているんだな」 ロイが確信を持って問えば、「ええ」と小さく返事が返ってきた。 「……いつからだ?」 険しい表情に、アルフォンスは思わず視線をそらした。
「兄さんの好きなようにさせてあげられませんか」
ぽつりと呟かれた言葉に、ロイは耳を疑った。 「何?」 目を瞠(みは)ったロイをアルフォンスの視線が追い立てる。 「ボクに知られたくないというのなら、ボクは何も気付いていないふりをします。ああいう方法でしかだめなのだというのなら、無理に止め……」
「何を言っているのか分かっているのかっ!」
怒鳴ってから、ロイは口元を押さえた。 「……あんなことを続けていればただじゃすまない。今回だって、鋼のの持っていた鎮痛剤は決して薬効の弱いものじゃなかった。君が止めるなと言える理由が分からない」
「あなたは強いから。強くいられるから、そんなことが言えるんです。……ボクが言うのもなんですけれど、兄さんはまだ十三年しか生きてないんですよ」 正しく気持ちを伝えようと、慎重に言葉を選んでアルフォンスが言う。 「どれもこれも目の前の問題は、ボクらには大きすぎて受け止めきれない。そのしわ寄せがあの形になっているんです」
確かに、エドワードは紛れもなく子供だ。たった十三歳の子供。 親の庇護下にあってもおかしくはない年齢。けれども、あの目は強さを秘めている。そう信じて疑わなかった。 彼は迷いなく、常にまっすぐを見つめ、あるいは不敵に笑って睨みつけていると。
「いつも強くはいられない。自分の選んだ道が正しかったのか不安になることだってあるし、上手くいかなければ焦る。今の兄さんには追い詰められた時の逃げ場がないんですよ」 アルフォンスの言うことは分からないでもない。しかし。 「しかし、このままというわけには……」 「大佐っ!」 地団太を踏むような感覚に、アルフォンスは語尾を遮る。
「さっき大佐はいつからだと訊きましたよね。いつからだと思います? ……最初からですよ」
残酷な言葉は、震える声によってロイの耳を刺す。 「錬成を行ってからなんです。大佐がリゼンブールに来た時にはもう自傷行為が始まっていました。薬の過剰摂取どころじゃなかった! 誰かがそばにいないと自分を傷つけて血だらけになっていることなんてしょっちゅうでした! ……あなたと出会った、最初からです」 どうして気付かなかったのか、一体エドワードの何を見ているのか、そうアルフォンスに責められている気がして、ロイは愕然とした。
「ボクだって兄さんのことが心配ですよ。でも、ボクにはどうすることもできない。ボクは逃げ場にはなれないんです。知らないふりをしてあげることしかできないんです。兄さんは、自分を傷つけることで救われているから」 アルフォンスは立ち上がると、「失礼しました」とドアを閉めた。
部屋に一人残されたロイは、唇を噛み締めた。
医務室を訪ねると、カーテンが閉まったままの角のベッドに通された。
「……兄さん」 アルフォンスが呼びかけてみるが、反応はない。眠りは深いようだ。 「アルフォンス君、ごめんなさいね」 ベッド脇の椅子に座っていたリザが、険しい顔をしていた。 「そんな、」 アルフォンスは謝られる理由が分からなくて、否定する。
「多分私、全く気付いてなかったわけじゃないの。でも、気付いて欲しくないようだったから、まさか、って自分に言い聞かせていたのよ」 リザの横顔に、アルフォンスは本当なのだなと思う。 「大佐もね、そうだったのだと思うわ」 付け足すように言われた言葉ではあったけれども、実際はこちらの方を言いたかったのだと気付く。 支えるのがこの人の仕事だから。誤解されたままではよくないと配慮したのだろう。
くすりと笑うと、リザは不思議そうな顔をした。 「知ってますよ」 「?」 「ちゃんと分かってます。ボク」
兄の行為を咎めるのは心配しているから。全く気付いていなかったはずはないと思っていた。 逃げ場がなかったのは本当のことだし、後見人を務めているというからには少しくらい深く関わることも必要ではないかと考えていたのだ。
「大佐から電話をいただいた時、不安が半分、安心したのが半分でした」 「安心?」 「いくら酷くやっても、以前なら病院に運び込まれるまで耐えるような兄さんですよ。それなのに、誰が見てもおかしいって気付くような状態でここに来た。もう止めるようになると思います」 さっぱりした様子で言うアルフォンスはリザが微笑むのを見て、両手を合わせた。 「一つ、謝らなきゃいけないことがあるんです」 明るい声で肩をすくめるようにした姿は、本来ならばかわいらしい少年だ。 「大佐がいつからだ、なんて訊いてくるから、ちょっと意地悪しちゃいました。だって、あの人が逃げ場になりつつあるんだって気付いてないんですよ。全く、兄さんも何だって大佐がいいんだろう。ホークアイ中尉やハボック少尉だったらボクも安心していられるんですけど」 少しだけ驚いた表情をして、リザは苦笑した。 「それで、何て答えたの?」 「あなたと出会った最初から、って」 「あらあら」 リザは母親のような口調で額を押さえる。 「すみません。かわいそうかなとは思ったんですけど、ボクも引くに引けなくて」 「仕方ないわね。時々は痛い目にあっておかないと」
「アルフォンス君のことは話してあるから、今夜はここにいても平気よ。エドワード君も今回は問題ないと言われたわ」 「ありがとうございます」
リザは執務室へ戻り、そこで茫然としているロイを見つけたのだった。
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