――ああ、と納得した。よかったと思った瞬間、よかったのか? と思って、やっぱりよかったんだと考え直した。





 自罰という行為。あるいは救済。 04





 結局、エドワードのあれは睡眠不足で倒れたのだということにした。
 エドワードは何も言わなかったし、アルフォンスはその無理のある理由にちゃんと納得しているようなふりをしていた。





 司令部の中庭で一人のんびり寝転がっていたエドワードは、近付いてくる足音に顔をしかめた。

 「やあ」
 「どーも」
 ごくごく自然な動作でエドワードの隣りに腰を下ろすと、窺うように尋ねる。
 「調子はどうだ?」
 「……もう平気」

 「…………」
 「…………」

 「何か言いにきたんじゃないのかよ」
 沈黙した空気に痺れを切らしたエドワードが起き上がって睨みつける。
 ロイは一度口を開き、そして閉じた。エドワードの視線から逃げるように目をそらす。
 その態度にエドワードは眉を寄せた。
 彼らしくない。しかもどことなく覇気がない。
 昨日の一件で、てっきり怒鳴られるとばかり思っていたエドワードは目が覚めてからずっと身構えていたのだった。それを少しだけ解く。

 「……オレのこと、怒りに来たんじゃないの?」
 恐る恐る口にする。
 「なぜ?」
 問いで返され、今度はエドワードが向けられた視線から逃げる。黙り込んでうつむく。すねている子供のようだった。
 ロイが一息吐く。
 「いけない事だと分かっているのならいい。……私は、君に謝ろうと思って」
 エドワードは意味が分からず、反射的に顔を上げた。怒られる理由はあっても謝られる理由はない。
 「君は私に強いところしか見せないから、それが君だと思い込んでいた。自覚があるかどうか分からないが、君の置かれている状況で君には随分と負担がかかっているようだ。その結果が昨日のような行動だと思う」
 再びうつむいたエドワードの頭を軽く撫でる。初めてのことだった。ロイ自身、なぜこんなことをしているのか理解に苦しむ。
 中庭に誰もいなくてよかったと少しだけ思った。

 「後見人という立場にありながら、支えてやれなくてすまなかった。私は……君にもう少し頼ってもらいたい。私にヒューズや中尉がいるように、君も弱音を吐ける相手が必要だと思うよ」
 エドワードの肩から強張りが解ける。膝を抱えた姿は確かに子供だった。まだ十三歳。それだけしか生きていない。

 「……そんなこと、していいの?」
 小さく呟かれた言葉に耳を疑う。
 「弱音なんか吐いたらあんた見捨てたりしない? こんな子供使えないって。こんな奴手元に置いておくのはリスクが大きいから、重荷になったから、邪魔になったからって放り出したりしない?」
 畳み掛けるように、口早に呟かれる。膝を抱えた手は布地を強く握り締めて震えを抑えていた。
 「それしきのことで放り出すくらいなら、君をあの村から連れ出そうとはしなかったよ」
 優しくささやかれた言葉に、エドワードは弾かれるようにロイを凝視した。
 もちろん本音だったのだが、ロイには子供らしからぬ心配をしているエドワードを安心させようという意図もあった。後見人を務めて約一年。浅くはない付き合いになり始めている。
 しかしエドワードは表情を緩めることなく、その瞳を揺らめかせた。
 そして衝動だったのか、ロイの軍服の端を掴んだ。

 「それは信じていいの? オレ、突然「やっぱりいらない」って言われたらどうしていいか分からなくなる。あんたに望んでしまうものが不相応だってのは分かってるんだ。でも急に置いて行かれてもオレは『仕方ない』って笑えない! 今のオレにはあんたにすがるしかないんだ。……それしか、方法がない」
 追い詰められたような瞳。
 笑い飛ばすことはできた。けれども、ロイはそうしなかった。それではエドワードに伝わらない。
 「私の下に付いた以上、君を捨てることはありえない。部下もまたそう。だが、契約書も証も何一つない不確かなものだ。……私は伝えたぞ。信じるかどうかは君に委ねる」
 エドワードは頷いた。
 汚い策(て)だ、とロイは内心で自嘲した。エドワードが首肯するのを分かっていて言った。
 『あなたしかいない』とすがりつかれたのはたった今だ。エドワードがロイを振り払うはずがない。

 「苦しい時は自分を責める前に私の所へ来なさい。八つ当たりでも泣き付いてもいいから」
 苦笑すれば、エドワードが考えるように視線をさまよわせた。
 「……分からない時は?」
 「?」
 「いつも飲んでから気付くんだ。あ、覚えてないわけじゃないんだよ。何となく飲んだって事は分かってるんだけど、あんまり自覚できなくて。胸の奥がスースーして頭がぼーっとしてきて、やっと飲んじゃったって気付く」
 「それは昨日も?」
 自覚が薄いというのは厄介だな、とロイは眉を寄せた。エドワードはどんどん視線を下げていく。
 自傷は頭ごなしに「止めろ」と言っても悪循環に陥るだけだと昨夜リザに注意されていた。状況を教えてくれる分、まだ対処の仕様があるかもしれない。
 「……そう。昼間にああなることはまずないんだけど、多分アルが図書館に行ってていなかったから……」
 「昼間?」
 「大体は夜寝る前に。ハイになっても眠いからだって言い訳できるし、眠り込んで朝起きられなくても、アルは疲れてるからだろうって思ってくれるみたいだし」
 よくよく考えればそうだ。アルフォンスに知られたくないのに、わざわざふらつく足取りを見られるようなことはしないだろう。

 「よし。じゃあこうしよう」
 いぶかしむエドワードを無視して、ロイは手帳を取り出すといくつかの数字を書き込んだ。それを差し出しながら言う。
 「私の家のだ。夜ならば大抵は家にいる。もし出なければ執務室に繋いでもらいなさい」
 エドワードは反射的に受け取ってしまい、破られた紙切れを両手で握り締めながら困惑していた。
 「とりあえず三ヶ月。できるだけ私に電話を寄越しなさい。風呂に入った後でも寝る前でもいい。声を聞けば分かるし、会話をするというのは結構頭を使うものだからね。もし電話が来なければ私は君達が電話のない所にいるか野宿をしていると思うことにするよ。君が電話をくれて、『大丈夫』であれば私はとても安心する」
 ロイは微笑する。
 「それだけのことなんだ。電話を寄越さなければ罰があるというわけではないし、褒美を用意しているわけでもない。けれども、たった一本の電話で私は安堵を得られ、君は私がいることを思い出せる。どうだ? やってみないか」

 恥ずかしげにこくりと頷いたエドワードを見て、ロイは満足する。
 罰も褒美もいらない。
 そんなものは必要ない。この子には重荷にしかならない。

 「さて。では中尉が館内アナウンスを使わないうちに戻るよ」
 腰を上げたロイに、エドワードが上目使いで言う。
 「あ、あのっ……」
 「?」
 スカートの端を掴んだ手を握り、立たせてやる。
 エドワードは小さくささやく。
 「いつから?」
 それが電話の件だとすぐに気付いて、ロイは笑みを深くした。

 「では、今晩から」

 待っているよ、と睦言めいた科白に赤面しながら、エドワードは無自覚だったけれども、この大人との繋がりが増えたことを嬉しく感じていたのだった。





 三ヶ月の後も頻度を減らして、ラバーズトークなのかピロートークなのか当人たちも分からない会話が繰り返された。
 それからしばらくして、睡眠不足の改善や食事を忘れる回数も減ってきた傾向があるとアルフォンスがロイに嬉しそうに報告したことは、エドワードは知らない。





END.
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。