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空を見上げると一面赤く染まっていて、何とも言えない感情が滲み出してきた。
暗くなる一歩手前で必ず声を掛けてくれた優しい人。集中していて聞こえなかった自分に苦笑いしていた連中。 「送るよ」と、結局最後の最後まで自分は子供だった。 大人たちが気付かない程度に、甘えていた。
戻りたいと、帰りたいと思っていた。いや、今も思っている。 ただ、二年前のように何が何でも戻ってやると思うことはなくなってしまった。 諦めに似たものだとも思う。 何でもやった。何もかもやった。それでも、糸口さえ見つけられなかった。 そしていつの頃からか、自分は『あちら』の人間なのだという奇妙な感覚が薄れているように感じるのだ。
みんなに会いたくないわけじゃない。 会いたい。もう一度。アルにも、ウィンリィにも、大佐にも、中尉にも、それからっ。 でも無理かもしれないと。それがオレの中を侵食してきていた。
シャンバラを征く者 逢
今夜は何にしよう、と店を点々と周る。 インフレのせいで物は少ないし、金はただの紙切れになりつつある。この間発行された紙幣は表しか印刷されていなくて、片面が白紙のままという笑えるものだった。
貧相なジャガイモやらパンやらを買い込んだ後、最後に寄った店でおいしそうなリンゴを見つけた。久しぶりにいいだろう、と思って値段に躊躇しながらも買った。 それなりの大きさの紙袋を抱えて、借家に帰ろうとした時だった。 よそ見をしていたわけではなかったが、脇から走ってきた男と衝突した。派手にすっ転んで二人とも地面に倒れ込んだ。
「ってぇ。……悪…」 心ここにあらずだったのは認めていたので謝罪を口にしようとした瞬間。 「その人捕まえてくださーいっ!!」 見れば男の手には風体に合わない財布らしきものが握られている。 スリか泥棒か……。どちらにしろ犯罪者だ。 「!!」 「っと、待てっ!」 逃げ出そうとした男の手首を間一髪で掴んで引き倒す。片腕を後ろ手にして捻り上げた。 男が無様な悲鳴を上げたところで先程の声の主が追いついた。
ぶちまけてしまった夕食の材料を見渡すと、案の定リンゴが形を変えていた。 ついてない。 そのまま道路に放置するわけにもいかないので、とりあえず拾おうと屈んで手を伸ばす。 本当についてない。 あの声には聞き覚えがあった。柔らかくて、賢そうな……。 よりにもよって、『あちら』と同じ言葉……。
「すみません。ありがとうございます」
ゆっくりと顔を上げる。 薄明かりになりつつあったが、わずかに残る光がその人物を現せる。 「…………」 やっぱりな、と思った。自分がこの声を忘れるはずがない。聞き間違えるわけがない。 驚いた。確かに驚いた。初対面の相手に向ける表情ではないかもしれなかったけど、仕方がない。
あまりにも似すぎていた。弟に。
少し色の深い金髪と穏やかな瞳。立ち上がるとオレより少し背が高かった。人懐こい表情は幼い時と変わらない。やはり同じくらいの年頃だろう。 「これ、お前のだろ」 男から取り上げた財布を手渡す。 助かりました、と中身を確かめるのか開く。男を見下ろして憲兵を連れてくるかと尋ねると、弟に似た少年は慌てて首を振った。 「これさえ戻ればいいんです」 少年は財布から取り出した何かを握り締めた。それが何かは分からなかったが、手のひらにすっぽりと握り込める大きさのトップの付いたペンダントのようだった。垂れ下がったつや消しの施された鎖は、以前持ち歩いていた懐中時計を思い出させた。
「これ、使ってください」 少年は何を思ったか、金の入ったままの財布を男に押し付けた。 流暢ではないが、今度はそれなりに通じるドイツ語をしゃべった。 「なっ!」 「ヘ?」 オレは驚いて、男は間抜けに問い返した。警察に突き出されると思っていたのだから当然だ。目を白黒させている男に少年が言う。 「『落とした』のはボクの不注意ですから、『拾っちゃった』ことにしといてください。元々ボクが働いて溜めたお金ではないんです。家族に何か買ってあげる足しにしてください」 少年が微笑むと、男は泣き出しそうな顔で「恩に着る」と言い残して走り去った。
物好きな人間もいるものだと、そしてやはり弟と似ていると思った。
男が見えなくなった後、散らばってしまったジャガイモやタマネギを拾い集めた。 弟に似た少年は本当に申し訳なさそうに何度も謝りながら手伝ってくれた。 幸いなことにパンは袋に包まれていて無事だった。 「じゃあな。これから気をつけろよ」 その言葉だけで、少年と別れた。
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