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アルフォンスは、こちらでもやっぱりアルフォンスだった。
ちょっと待ってて、と言うと教授に二、三質問をした。なかなか鋭いな、と思った。 穏和な外見を裏切って痛いところを突いてくるのがアルそっくりだった。
シャンバラを征く者 話
「この間のお礼」 そう言うと、アルフォンスは大学の購買で買ってきたクレープを差し出した。 ドイツにいた時はとてもじゃないがお目にかかれなかったデザートだ。あの国は終戦直後で混乱していた。学校もなかった。 しかし、この国は比較的安定しているようだ。こうして学校もちゃんと運営されているし、娯楽もある。色彩も豊かだ。
エドワードが手渡されたそれに見入っていると、「あ」と声を上げた。 「甘いの苦手だった?」 「……いや、好きだよ」 エドワードはアルフォンスにならってかぶりついた。
小さい頃はよく弟と幼なじみと、母さんが作ってくれたケーキやクッキーを巡ってケンカをしたものだ。そっちの方が大きいとか、かわいいとか。 もう少し大きくなって『レディファースト』という言葉を覚えさせられると、そういう言い争いはしなくなった。
「アル、フォンス……」 いびつに発音された名前に、本人が笑う。 「呼びにくいかな? アルでいいよ」 「あ、いや。……同じ名前の、弟がいたんだ。それで何か……」 エドワードが口篭もる。実際は名前だけでなく、姿まで酷似しているのだ。生身の身体に戻ったアルフォンスと話している気がしてならない。 そのせいなのか、誘われるままに中庭にあたる芝の上に座って、少し話をした。
「『いた』……過去形?」 「いや、『いる』かな。二年前に別れて、それから会ってないんだ……生きてるかどうかも分からない」 日の照る空を仰いだエドワードに、アルフォンスがそうと謝る。 「お前そっくりでさ。初め会った時すっげぇ驚いた」 冗談っぽく打ち明ける。深刻に話しても仕方がないし、けれども黙っていることはできなかった。 「そう……同じ名前で、ボクに似てるんだ」 「とてもな」
「兄さんか、いいな」 エドワードが視線を向けると、アルフォンスが言った。 「ボク一人っ子だから。……また会えるよ、きっと」 望んでいた笑顔。求めていた温かさ。 開いていた穴が塞がっていくように感じた。 それはどんなに満ちようとしても、四角に丸をはめ込むようなものだったけれど。
「エドが同じ大学だったなんて気付かなかったよ。……もしかして何度か会ってたりする?」 ドイツで出会って、ルーマニアで再会。アルフォンスはエドワードが最近越してきたばかりだということを知らない。移転を決断させたのがアルフォンスだということも、知るはずがなかった。
「いや、十日くらい前に越してきたんだ。……言葉違うくて嫌になる」 エドワードが顔をしかめる。ちなみにこの会話もルーマニア語になる。 「前会った時はドイツだったもんね。母国語通じないと困るね」 「全くだ。オレ、母国語は……英語だから。ドイツ語だけでもまいったのに」 アメストリスで使われていた言葉はほとんど『英語』だった。 「じゃ、ボクと同じだ」 アルフォンスがにっこりと笑う。エドワードがドイツにいたからドイツ出身だと思っていたらしい。「そういえば名前が英語圏だもんね」と納得する。
「でも、エド上手いよ。ルーマニア語」 「サンキュ。しゃべるだけなら何とかな」 エドワードが二年前にドイツに越して、それからついでにラテン語も習っていたのだというと、アルフォンスは目を丸くして驚いた。英語とドイツ語はゲルマン語系で、ルーマニア語はラテン語系なのだという説明は、エドワードにはさっぱり理解できなかった。
二人とも今日はもう授業がないということで、木陰に入っていろいろと話した。 「エドは何専攻なの?」 エドワードが尋ねられて返答に困った。言い訳も見得もないので、隠し立てもする必要がなかった。 「……今はいろんなとこ見て回ってる。オレさ、やりたいこととかないし。ここだって親父に半ば強制的に入れられたようなものだし。今更同世代の人間と『お勉強』なんてな……」 エドワードがぼやく。 それを聞いてアルフォンスが思い出したように手を打った。 「ねえ、今まで独学だったってハウスホーファー教授に聞いたんだけど、本当?」 「え……あ、ああ。小学校までは行ってたけど」 「じゃあ、その後は?」 興味津々といった様子で「何をやっていたの?」というアルフォンスに、慎重に言葉を選ぶ。
「……国中を、旅してた。弟と。……探し物があってさ。周りは大人ばっかりで、オレも生意気なくらい大人ぶってて……。何度も助けてもらったよ。一番世話になった奴にはありがとうも言えなかったけど」 懐かしげに目を細めたエドワードを、アルフォンスがじっと見つめていた。
アルフォンスという少年と奇妙な再会を果たしてから、半月ほどたった日だった。 「エド、明日授業ある?」 ゼミがなければ大抵の学生はキャンパスに来ない。研究室に入り浸っている一部を除いては、それが慣例になっている。
「えっと……確か午前中だけ」 「じゃあさ! 終わったらここに来てよ。ボクが専攻している史学科の研究室案内してあげる。助教授がすごい人なんだっ。……あ、あの……迷惑じゃ、なければ」 はしゃいでいた声が尻すぼみになった。そして恥ずかしそうに俯いた。
親しくしてくれるのは嫌じゃない。 エドワードが微笑む。 「迷惑なんかじゃないよ。ありがとな。アルフォンス」 アルフォンスもほっとしたようで、嬉しそうに笑った。
「その研究室じゃずっと英語だよ。助教授も五年くらい前にこっちに来て、その前はイギリスに住んでたんだって。だから研究室に行く時は心置きなく英語を喋れるんだ」 アルフォンスはエドワードにそんなことを言った。 そしてキャンパスの門でそれぞれ正反対の方向に分かれた。 「じゃあ、ボクこっちだから」 「ああ、じゃあな」 エドワードは少し歩いて、振り返る。見慣れた後姿が小さくなっていく。
ふいに路地にいた野良犬が何かに怯えたようにぎゃんぎゃんと吠え出した。 嫌な予感がした。振り返りたくないが、そうしないわけにもいかない。 「あんた、こっちでも動物に嫌われてんのかよ」 ドイツよりはにぎやかな道路に、ホーエンハイムが立っていた。 「エドワード、あの子……」 ホーエンハイムはエドワードの嫌味を聞かなかったことにして、呟いた。視線が遠ざかっていく背中に釘付けになっている。
「せっかく越してきたのにさ。家はこっちで、あの時はたまたまミュンヘンにいたんだって」 「仲良くなったのか?」 「……。明日、研究室に連れてってくれるって……」
空はまだ明るい。今夜のメニューは何にしようか。
「よかったじゃないか」 ホーエンハイムが父親の顔でエドワードを眺めた。
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