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「どうして私がこの一年に一度のビッグイベント、恋人達が寄り添い家族が共に祝う聖なる日に、机に釘付けになっていなければならんのだ」 不満を露わにして、マスタングは万年筆を握り折る勢いで文字を書く手に力を込めた。 「自業自得です。このままですと、新年もこの部屋で迎えることになりますが」 ホークアイは眉一つ動かさず言ってのける。途端にマスタングはぴたりと口を閉じて、また資料と原稿と草稿とのにらめっこに戻る。
苦笑したアルフォンスが外の様子を見るために、夕暮れのキャンパスを窓から見下ろした。 ここは外れだから直接は見えないが、大学の中庭にそびえているモミの木には派手な飾り付けが施されている。街も赤や緑のモールや鈴がきらめいている。 今日大学に来ている人間はマスタングのように論文の締め切りに追われているか、レポートの提出を言い渡されている生徒か、イベントにあまり関係のない生活をしている自分達くらいだ。 アルフォンスは両親を失い、引き取られてからはそういった祝い事をしていない。養い親が嫌っていたし、アルフォンス自身何をどう祝えばいいのか分からなくなっていた。 だからこうして、大抵はどこかで時間を過ごす。
ふと視線を室内に戻すと、暖の前に陣取っていつも通り日記の解読を進めていたエドワードがマスタングを見て不思議そうに首を傾げている。どうかしたのかと尋ねる前に、エドワードの方が口を開いた。
「なあ、今日って何かのお祭りなの?」
シャンバラを征く者 聖
マスタングは弾みで万年筆を書類に突き刺してしまったし、アルフォンスは駆け寄ってエドワードの肩を引っ掴んで乱暴に揺さぶったし、ホークアイは驚きの表情をしていた。
「……からかってる?」 アルフォンスが眉を寄せる。 エドワードはまさか、と困惑する。その様子は誰が見ても本気だ。 「だって街中は飾り付けされてるし、中庭の木も派手になってただろ。何かなーと気になってたんだ。昨日も騒がしかったし」 エドワードは常識的な事柄をいくつも知らなかったから、最近は慣れてしまっていたけれども、今回は絶句だ。
「エド、今日はクリスマスだよ」 「……クリスマスって、何?」
「ホーエンハイム博士と暮らす前はキリスト教国家でない国にいたとしても、博士とロンドンで生活し始めたのは?」 「二年くらい前から」 「エド、その間もクリスマスはあったでしょ?」 「……うーん、どうもあんまり覚えてないんだよな」 「昨夜はお父様とお祝いはしなかったの?」 「最近親父も仕事場に寝泊りしてるから。今日も帰ってこないだろうし」
三人が三人とも呆れ返っていた。 時刻は五時を回ったところ。 辞書に囲まれているエドワードとマスタングに視線が行ったり来たりのアルフォンス。 ホークアイにアイコンタクトするマスタング。 ホークアイは即座に決断を下した。
「仕方がありませんね。今日はお終いにしましょう」 マスタングは万年筆を放り投げるように手離すと、黒いコートに袖を通した。 アルフォンスは状況が飲み込めないままのエドワードを立たせると、腕を掴んでコートと一緒に部屋の外に引っ張り出した。 楽しい作業を中断され、エドワードは不平を口にする。 部屋は明かりと火を消され、最後にホークアイが鍵をかけた。 「さ、コートを着ないと。外は寒いから」 ホークアイにうながされ、大人しく従ってしまう。
マスタングがエントランスに向かうのを慌てて止める。 「おいっ、何なんだよ。どうすんの。あんた論文進んでねえし、オレは解読終わってないし、アルフォンスだってレポート書き終わってねえじゃん」 マスタングは優雅に振り返って言う。 「お許しも出たことだし。クリスマスを一緒に祝おうじゃないか」
メインストリートを反れ、雪の積もった脇道を歩いていく。 キリスト教は知っていたけれども、神様に誕生日があるとは知らなかった。もともと無宗教だったし、神様というのはどうも胡散臭い。 大体どうして誕生日は今日なのに昨日まで祝うんだろう。 そう尋ねたら、アルフォンスは「前夜祭ってことじゃない?」と言った。だったら後夜祭があってもいいじゃないか。イブって何だ、イブって。 というかこの三人の中に敬虔なキリスト教徒はいなくて、オレに訊かれて初めて考えていた。
「で、どこ行くの?」 エドワードが尋ねる。 「馴染みのイギリス料理店だ。今日はクリスマスだからな。私が夕食をおごってやろう」 「偉そうに言われるとむかつくけど、ただならいい。家に帰ってから作るの面倒だし」 「エド、博士がいないからって食事抜いたりしてないよね……」 「ただでさえ君は小柄なんだから」 「っこれでも背ぇ伸びてんだよ!」 アルフォンスがそれ以上言うつもりはなかっただろうが、結果的にマスタングが引き継ぎ、それにエドワードは激怒してホークアイはため息をついた。
着いたのはこじんまりとした飲食店だった。大通りからそれほど奥まってはいないので客は他にもいるようだが、何せあまりに風景に馴染んでいるので、そこに店があることに気付かない人も多いだろう。 入口のドアに取り付けられた鈴が音を奏でる。 慣れた様子で入っていくマスタングに、アルフォンスとエドワードがくっついていく。
「こんばんは。席が空いていてよかった」 マスタングは店を見回して、カウンター近くの四人掛けのテーブルに三人を促した。 「おや、マスタングさん。いつの間に家族を作ったんだい?」 店の主人である老婆が冗談めかして言う。それぞれの前に水の入ったグラスを置いていく。 「まさか。こちらはホークアイ講師。アルフォンスとエドワードは生徒だ」 こちらも勝手を知っているようで、マスタングは老婆に紹介していく。 老婆も名乗り、さっさと注文を取ると、調理場に戻って行った。
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