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エドワードはぐるりと見回した。 混んでいるわけではないが、それなりに客がいる。全体的に暖かい雰囲気のする店だ。機会があったらまた来たくなるだろう。ここは懐かしい香りがする。
シャンバラを征く者 祝
一つの窓に木の枝を丸めて輪にした飾りがぶら下がっている。ヒイラギの葉もくっついていた。
「エドワード。あの下に立つといいことがあるのだよ」 マスタングがにやりと笑っていた。絶対よくないことだ。 「じゃあ、あんたが立てばいいだろ」 「私なら大歓迎だね。相手は女性に限るが」 「?」 アルフォンスがやっぱり知らないのか、と困っていた。
「何なんだよ、」 その雰囲気に言い淀んだエドワードに、アルフォンスが耳を貸すように言う。ホークアイはマスタングの隣りで関わらないことに決めている。 「あのね、ジンクスみたいなもので、あの下に立った人には誰でもキスしていいことに……」 「んだとぉ! てめえオレで遊ぶな!!」 マスタングに掴みかかろうとする。まあまあ、とアルフォンスに腕を引っ張られ、何とか留まる。そうだった。こういう奴だった。
その後、イエスキリストやクリスマスの習慣についていろいろと教えてもらった。 どうやら何も知らないオレのために、実際にクリスマスの雰囲気を味わえる店に連れてきたらしい。ここはイギリス料理の店で、習慣もイギリス式だという。 助教授の論文より大切だとホークアイ講師が判断するくらい重要なことらしい。今度は聖書という本を貸してくれると言う。宗教に興味がなかったので今まで知らなかっただけで、大抵どの人間も一度は聖書に目を通し、キリスト教徒だと、自分用の聖書を持ち歩いていたりするという。
料理を運んできたのは老婆の孫娘だった。長い金髪の、同い年くらいの女の子。 「どうぞ」と微笑まれると、アルフォンスも「ありがとう」と笑い返した。 その子はすぐにカウンターに戻り、また他のテーブルに料理を運んでいる。
カボチャのスープをスプーンですくう。甘い。 「……美味い」 「だろう? 大学からそう遠くないし、一番気に入っている店なんだ」 マスタングが自慢気に言う。 「何これ。ニワトリ?」 エドワードがテーブルの中央に置かれた肉を凝視している。形がそのままなので慣れないとグロテスクに見える。が、エドワードは無人島の思い出があるので拒否感はない。 「七面鳥だよ。クリスマスの間に食べる物はとりあえず頼んでみた」 「多くないですか? これ」 「君達は食べ盛りなんだから大丈夫だろう」
「ウサギなら丸焼きにして食べたことがあるんだけどな」 「え゛……」 「結構美味いって」
「あたしが切り分けましょうか?」 さっき料理を運んできた少女だった。ナイフを上手く使って肉を切り、足を持って関節をぽきりと折る。さすがと言うほど手際がよかった。 「では、どうぞ」 少女はまたカウンターの方に戻っていく。それを目で追った。
「こら、お客様の方に行ったらだめよ」 少女がたしなめたが、足元をくぐって犬が寄ってきた。店で飼っている犬のようだ。 他は常連客で、知っているらしい。エドワードとアルフォンスは気にしないと答えた。 エドワードの足元に寄りついて、じっと見上げてくる。黒と白の毛色をした成犬だ。 エドワードは苦笑して喉元を掻いてやる。犬は気持ちよさそうに目を細めた。 「エド、犬好き?」 「ああ。猫も好きだけど、やっぱ犬かな」
ふと犬が立ち上がって、入口のドアに向かって一度だけ吠えた。 少女に怒られると犬は唸った。 エドワードが振り返るのと、ドアの鈴が鳴るのは同時だった。 「こんばんは……」 「…………」 エドワードが固まる。 老婆が出迎えの言葉を口にする。 「メリークリスマス。久しぶりだね、ホーエンハイム」
「いやあ、すみません。私まで」 「構いませんよ。こちらこそ、博士と食事ができるなんて光栄です」 ホーエンハイムはロイに勧められて赤ワインを口にする。 「あんた何でこんなとこに来るんだよ。仕事は、仕事」 ぶすっとした態度でエドワードが言う。せっかくの四人での楽しい食事が台無しだ。 四人掛けのテーブルだったので、ホーエンハイムは通路側、エドワードとマスタングを左右に椅子を設けて加わっていた。
「最近特にお忙しいとか。お身体に気を付けてください」 ホークアイが労わる。 「全くだ。今日だってやっとこの時間だけ抜けてきて……っとそうだ。エドワード、外食の予定があるなら前もって言ってほしい。せっかく家に帰れば鍵は閉まったままで心配した」 「心配? あんたに一番似合わねぇ言葉だな」 これではどう見ても親に反発する思春期少年だ。実際は、エドワードがそう育ってしまう要因があって、仕方がないといえば仕方がない成長過程だったのだが、もちろん周りの人間がそれを知ることはない。
マスタングが弁解する。 「夕食に誘ったのは私なのです。それもついさっき突然。エドワードがクリスマスを知らないと言うものですから、ここなら七面鳥もプディングも食べられると思いまして」 「……ああ」 ホーエンハイムがテーブルの上の七面鳥に今気付いたというふうに頷く。 「そうか、クリスマスというのは今日なのか……」 うんうんと納得するホーエンハイムに、マスタング達はエドワードに複雑そうな視線を向けた。
「ほら、エドそんな顔しない」 アルフォンスが苦笑いでエドワードの不機嫌をなだめる。 「せっかくプレゼントも用意してきたのに」 そう言うとホーエンハイムは掛けていたコートのポケットからさほど大きくない箱を取り出した。
「ハッピーバースデー。エドワード」 「…………」 「…………」 「…………」 「……あ」 忘れてた、とエドワードが言う。 「エド、今日誕生日なの!?」 「聖人と同じ誕生日とは」 「おめでとう、エドワード君」 「すっかり忘れてた。っていうか何でこの場で」 「いいじゃないか。プレゼントならアルフォンス君にも」 ホーエンハイムはポケットからもう一つ箱を取り出した。エドワードと同じ長方形の箱だ。 「いいんですか! ありがとうございます」 アルフォンスは本当に嬉しそうに両手で受け取った。
「あんた何でクリスマス知らないのに二つも用意してんだよ」 エドワードが眉を寄せる。 ホーエンハイムは苦笑した。 「ほら、エドの誕生日はアルとあまり違わないだろう。だからいつも二人分買っていたんだ。去年もその前の年も買っていたんだが、お前はこの世界の何にも興味がないようだったから」
「アル、って弟のアルフォンス君ですよね。じゃあ、これ……」 エドワードに弟がいたのか、とマスタングとホークアイは内心で驚いていた。エドワードの口からは家族の話が出たことはほとんどなかった。 アルフォンスは受け取った小包を見下ろした。 「……受け取ってくれよ。お前が」 エドワードが笑っていた。
「でも、」 「いいんだ。お前がアルじゃないことは分かってるし、故郷に帰れないことも引きずらないことにした。でも、受け取ってくれればすごく嬉しい……と思う」 エドワードがホーエンハイムの顔を窺う。恥ずかしいためか、直視は避ける。 「ということだよ」 ホーエンハイムが「気に入ってくれればいいが」と言った。
七面鳥も堪能し、少女が作ったという特大のプディングはナイフで切られて店にいた客全員に振る舞われた。 毎年のサービスイベントになっているそれで、五人の中では唯一ホークアイだけ、コインが当たった。プディングの中にはミニチュアの飾りのような物が入っていて、コインならお金持ちになる、などそれぞれ意味を持っている。 客の中にはルビーを模したガラスや、特別製の犬の飾りが入っていた物もあった。もちろん、モデルはこの店で変われている犬だと一目で分かる物だ。
ひと盛り上がりして、帰路に着くべくマスタング達は会計を済ませる。ホーエンハイムとマスタングが割り勘とした。マスタングは自分が誘ったことだから、と全額払うつもりだったが、ホーエンハイムは日頃息子が世話になっているし、とこちらも財布を取り出していた。ホークアイの提案で収拾がついた。 マスタング達に一通り挨拶をすると、ホーエンハイムは再び研究所に戻っていった。
会計を済ませて外へ出る。 頬が冷気にさらされて、熱を放していく。ちらほらと雪が舞い散っていた。
「あの、」 閉まったばかりのドアが、すぐに鈴を鳴らして開かれた。 四人が振り返ると、綺麗な金髪の孫娘が出てきた。閉まりかけた隙間から、白地に黒の模様の犬も追いかけてくる。犬は少女の足元に行儀よくお座りした。 「あの、これ」 差し出したのは、カードだった。
「エド、」 「え? …オレ?」 確かに、差し出されたのはエドワードだった。にやりと笑うアルフォンスにうながされて、ぎこちなく受け取った。 カードには手書きで、次の来店時には誕生祝いに会計を半額にしますという内容が書かれていた。丸みを帯びた滑らかな筆記体は、少女の手によるものなのだろう。 「お客様の話を聞くのは失礼だってばっちゃんに言われてるんだけど、つい聞こえちゃって。お誕生日おめでとう」 「……あ、ありがとう」
「エド、顔赤いよ」 「っえ!? からかうなよ、アルフォンス!」 しどろもどろになるエドワードに、後ろで見ていたマスタングとホークアイも苦笑する。 「飯、すっげー美味かった。ここなら大学からも近いし、また夕食食いに来るよ」 エドワードが言うと、「えへ」と少女が微笑んだ。 さよならを言い合って、別れ際。ひと吠えもせずに少女の足元に座っていた犬の、耳から顎にかけてをわしゃわしゃと掻いてやった。 「お前は賢いな。デン」
エドワードは待っていたマスタング達に駆け寄った。アルフォンスが手を振ると、少女も手を振った。エドワードは恥ずかしいのか、手を上げるに留めた。
マスタングはホークアイを送る役を買って出て、アルフォンスとエドワードは二人でメインストリートを抜けた。 ふいにポケットからカードを出して眺めたエドワードをアルフォンスが冷やかす。 「あの子、かわいかったね。同じ歳くらいかな」 「そ、そんなんじゃねぇよっ」 「説得力ないよ」 「うるせー」 くすくすと笑うアルフォンスを、エドワードが頬を赤くして睨みつける。 「勘違いすんなよな……」
「エド」 語尾を遮った声は酷く深くて、エドワードは思わず背けていた視線を戻した。 「エド。サンタクロースの話はしたよね」 アルフォンスはただ前だけを見ていて、エドワードは肯定に頷く。 「サンタクロースってね、その子が一番欲しい物をくれるんだよ。親も友達も、誰も知らなくても、言わなくても、ちゃんと分かっていて、プレゼントしてくれるんだって」 エドワードの瞳が見開かれる。 そこでやっと、アルフォンスが顔をエドワードに向ける。 苦笑というのか、困ったような、悲しみさえ含んでいるような笑顔だった。
「ボクらは、まだ子供に含まれていたみたいだね」
そう言うと、駆け出す。いつの間にか、人もまばらな分かれ道に差しかかっていた。エドワードが何かを言う前に、アルフォンスが一度立ち止まって振り返る。口元に手を添えた。 「今日はみんなで食事できてほんとに楽しかった。エドのおかげだよ。じゃあ、また明日」 それだけ叫ぶと、アルフォンスの姿はすぐに小さくなっていった。周りの人間が「何だ何だ」というふうに見ていたが、エドワードは全く気になっていなかった。
また持っていたカードに目を落とす。 「本当に欲しい物をくれる」というアルフォンスの声を反芻する。
「……あいつ、気付いてたのかよ。ほんっと性格わりぃ」 エドワードは雪の舞う街路で立ち尽くし、空を仰いだ。
next エドの望んでいた物は察していただくとして、アルは家族ですかね。 気付かなかった方はこちら(というか、描写下手が悪い) →店の老婆はピナコばっちゃんで、孫娘はウィンリィ。
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