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重々しく口にされた言葉は、エドワードの思考を鈍らせる。 アルフォンスは確かに郊外の屋敷に住んでいると言っていた。両親の研究を気に入って、アルフォンスを引き取ってくれた人がいると。 そして。 ホーエンハイムは今、貴族の私設研究所に属している。 郊外の、屋敷で。 ……魔方陣の考察、異世界への憧れ。
どうして気付かなかった!! 「まさかアルフォンスを引き取ったのは……」
「デートリンデ・エッカルト夫人、その人だろう」
シャンバラを征く者 答
「っ!!」 案の定勢いに任せて走り出そうとしたエドワードをホーエンハイムが制止する。 「一人で突っ込んでも捕まるだけだ」 「じゃあどうすりゃいいんだよ!」
「エドワード。お前、全て解読したのか?」 エドワードは口をつぐんだ。それは肯定だ。 解読は出来た。あの日記の内容は全て。 けれども、仮定しても帰れるとは思わなかった。この世界の理論ではどんなに強固で整列された陣を描こうとも、完璧には程遠いことを途中で気付いてしまったから。 完璧に最も近く、そして最も遠かった。あの錬成陣には足りなかった。 ―― 一番肝心なものが。
「日記の他に盗られた物は? 解読書も持っていたのだろう?」 指摘されて、やっと気付いた。 「……分からない。日記を持ち去るのはうっすら見たけど、その後は、」 「お前の大学に行こう。現状が分からずに動くのは危険だ」 「でもっ」 「異空間に繋がる扉を開くなんて陣を描くだけでも時間がかかる。発動にこぎつけるまでまだまだ余裕があるだろう」 そう言うと、ホーエンハイムは借りてきたという自動車にエドワードを乗せ、大学に向かった。
ホーエンハイムは車内で自分の持ち得る情報を話した。 元はと言えばこういう風に互いの日常について会話することもなかったからアルフォンスとエッカルトの関係にも気付かなかったのだ。迂闊だったと呟いたホーエンハイムの言は的を射ている。
「確かに私はハイデリヒ夫婦の遺した資料の研究に携わっていた。しかし表向きには主要ではなかった。エドワード、分かるな。研究員は私以外の方が多いんだ」 即ち、資料も人手も解読者も不足していない。ホーエンハイムが重宝されていたのは、この世界にはない概念や思考を持っていたからだ。 「数日前、私は夫妻が残した資料はこれだけかと夫人に尋ねた。扉を開くための魔方陣、いや、錬成陣の記述があるのに陣そのものは書き記されていなかったから。夫人は……心当たりがあると言っていた」 それがおそらく、とホーエンハイムが告げる。 「ああ、あの日記に記録されていた構築式」
「くそっ!!」 荒らされたままの研究室を一通り見渡して、エドワードは前髪を掻きむしって口汚くののしった。 中身の放り出された鞄。筆記用具と辞書が散乱していた。 「やはり解読書も盗られたか」 ホーエンハイムが冷静に検分する。
「しかし、なぜ今日だったのだろう? まさか私達が逃亡する計画を立てていたことがばれて……」 「違う。多分数日前からずっとチャンスを窺ってたんだ。でもロイが論文を書いてて部屋に張り付いてたから近付けなかったってところだろうな」 爪を噛む。奪われたのが日記だけならば解読する時間を要するため、随分と余裕が出来るはずだった。エドワードでさえ一月半ほどかかったのだ。いくら解読のプロだといっても、完全に内容を把握できるようにするまで半年はかかるだろう。 それが。
「エドワード、心配するな。盗られたといってもお前の解読書だって暗号化しているだろう。お前のはそうそう解けないよ。原本の方を解読したほうが早い」 はっはっは、と呑気に笑うホーエンハイムに向かってエドワードが使い古した辞書を投げつけた。 「してねーんだよ! ったくあいつのせいだ。気配消して部屋に入ってくるは、人のメモ覘いてくるは、勝手に暖炉の火ぃ消すは、オレなんか庇って怪我するは!!」 こうなると一体どこまでが暗号化しなかった理由になるのか分からない。
首を傾げたホーエンハイムに、エドワードが噛み付く。 「ほとんど走り書きだし断片的にしかメモしてないから分からないけど、あれがあれば今からだって錬成陣を描ける。親父、車出して……っう」 研究室から飛び出そうとしたエドワードが柱に手を着いたかと思うと、突然しゃがみこんだ。 「エドワード!」 固く目を瞑って、眉を寄せている。左手で抑えているのが後頭部だから、何が原因かはすぐに知れる。 眩暈が治まらなかった。時折酷く頭の中を揺さぶられる感覚がする。
「無理するんじゃない」 「手刀かました奴が下手くそだったんだよ」 やはり病院に、と言いかけたホーエンハイムを睨みつける。 「んな時間ない。アルフォンスと連絡が付かない。きっとあいつに何かあったんだ」
日記はエドワードが持っているのに、日記を欲した奴はロイの研究室に現れた。そんな所をいくら探したって出てくるはずがないのに。 見当違いの場所。 アルフォンスがそう教えたのがエドワードを庇うため、守るためでなくて何だというのか。例え一時的な時間稼ぎにしかならなくても、それは十分エドワードを危険から遠ざけるだけの猶予を生み出す。 いつだって『アルフォンス』という人間は優しく、強い。
何かを言いたげな視線とぶつかり、エドワードは肩をすくめて微笑した。 「混同してるわけじゃないし、代わりとも思ってねぇよ。アルはアルだし、アルフォンスはアルフォンスだ。でもさ、どう生きていいのか分からなくて、この世界に何の興味も持てなかったオレと一番深く関わってくれたのはあいつだった」 少しだけ頬を染めた横顔をホーエンハイムが見つめる。 「アルフォンスがオレを繋ぎ止めてくれた。……オレはやっぱり錬金術師なんだって自覚させてくれた。オレはあいつを失いたくないんだ」
二人は郊外の屋敷へと車を走らせた。
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