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喉が、渇いたな。 呑気にそんなことを考えながら、体力を消耗しないように硬いベッドに寝転がって目を閉じていた。 繰り返された改築で取り付けられていた暖房を止められてしまっては、薄いケットだけでこの寒さを凌ぐのは難しい。指先は霜焼けになっていた。
聞きなれない足音が聴覚を刺激したのはその時だった。
シャンバラを征く者 陣
「アルフォンス!」 叫ぶとまではいかないが、狼狽した声にアルフォンスは目を開けた。 身を起こせばもどかしげに鍵をいじっている友人がいる。
「……エド。君、どうしてここに」 ガチャリと音を立てて、鍵が開いた。エドワードが急いて手を取る。 「冷てぇ。ったく、こんなとこに閉じ込めやがって。詳しい話は後だ。こっから逃げるぞ」 「君だってジャケット一枚じゃ……」 エドワードが振り返る。 「悪い。ここの鍵が必要だったから、一人気絶させた。多分この屋敷のメイドだと思うんだけど」 彼女にコートを掛けてきたのだと言う。アルフォンスは彼女の容姿をぴたりと当ててみせた。聞けば、彼女は日頃からアルフォンスの世話をしてくれている人で、今回はあまりの仕打ちの酷さに外との連絡を取らせてくれようとしていたらしい。
「ボクはとりあえずマスタング助教授と君にここに来るなと言いたかったんだけどね」 アルフォンスが苦笑する。一番近づけたくなかった人がわざわざ助けに来てしまった。 「夫人がね、両親の日記を欲しがっているんだ。素直に渡さなかったらこの様だよ」 「その日記だけどな……取られた」 「え?」 「ついでに解読書も。暗号化してないやつ。オレは取り返しに行くから、お前は外に出ろ。研究所の方に行けば親父がいると思う」
エドワードは淡々と喋りながら、階段を駆け上がって行く。その後をアルフォンスが追う。 「……エド。もういいんだ」 「よくない」 「日記なんて取り返さなくていいんだよ」 「そういうことじゃないんだ! あれを描かれたりしたら……」
階段を上りきった所で、かすかにざわめきが聞こえ、思わず口を閉ざした。 ばたばたという足音。誰かを捜す声。侵入者の存在を確信した動揺。 「エド、君だけでも早く……」 「っちくしょう」 人の気配がこちらに集まってくる。エドワードはアルフォンスの言葉を遮って、来た時とは別の通路を選んだ。
途中からは屋敷の構造をある程度知っているアルフォンスが先を行った。 どうやら随分と奥まで入り込んでしまったようで、外へと繋がる通路は遠いようだった。一階だったのでどこかの窓を破れればあるいはと考えないこともなかったが、見当たる窓は全てはめ込み式で小さかった。
「参ったな、この辺は普段人の出入りがない所なんだ。もし出口があっても今は閉じられている可能性が高い」 「でもこれだけ部屋数があれば捜す方も大変だろう。って嫌な予感」 騒がしい足音が聞こえてくる。 眉を寄せたエドワードの手を引いて、アルフォンスが一室の扉に手を掛けた。 「エド、隠れて行き過ぎるのを待とう」 「しらみつぶしに探されたら?」 「その時はその時。天井裏とか通気口から逃げ出せるだろう」 アルフォンスがにこりと笑う。
「君だけなら」
「何言っ……」 エドワードの非難は途切れた。 部屋の鍵を掛けたところで、その不自然さに振り向き様、部屋の明かりがつく。 部屋はただの個室ではなかった。 広間のような広さ。ほこりっぽい空気。そして立ち込めたインクの匂い。床に描かれた文様。 その異様さに息を呑んだ一瞬だった。
奇妙な音がした。熱さを感じた頬から何かが伝う感触がする。 壁に銃痕を見、初めて銃声だったのだと知った。 「動かないで。愚かな子供達」 姿を現したのはエッカルト夫人だった。銃を構え、床に描かれた陣を挟んで向こう側にいる。まだ誰かいるかとエドワードは気配を探ったが、その様子はなかった。 「日記はあなたの手に入ったはずだ。彼を傷つける必要はないでしょう」 アルフォンスがエドワードを庇うように前へ出た。キッと睨みつけた表情から、今まで見たこともないくらい感情が高ぶっているのが分かった。
「ええ。日記も解読書も。でも最初に幸せを手にするのは私。だから人払いをしたのに。まあいいわ。あなたには感謝しているのよ。エドワード・エルリック。ホーエンハイム博士といい、なぜこんな式を生み出せるのかしらね」 エッカルトは恍惚と笑んだ。 エドワードとアルフォンスは銃口を向けられているために一歩も動けずにいる。
頬から滴った赤が、シャツにしみを作った。
next サイレンサーは1908年開発、1934年連邦火薬法で政府機関以外使用禁止という情報を元にしています。一応歴史的には存在していたということで。 |