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とある住宅街の一角に老婆の経営する喫茶店があった。
店自体はそれほど広くはなかったが、経営している老婆の人柄とアットホームな雰囲気、低価格で種類の多いメニューは評判がよく、午後はもっぱら近くに住むの主婦らの団欒場所になっている。
ちなみに朝は早めの時間帯から店が開いているので、この店で朝食を取っていく若い人も多い。 そして夕方には学校帰りの学生がよく立ち寄る。周辺の学校もいちいち買い食いや寄り道で注意することもないのだと老婆の孫娘が笑っていた。部活のない日は店の手伝いをしている彼女目当てで店に入ってくる輩も少なくはないことを老婆は少し誇らしくも思っている。
今日もまた、爽やかな風が店内を吹き抜ける中、女性達の会話に花が咲いている。老婆は時折相談相手になりつつ、話の中身に苦笑した。
いつの日も笑顔で 最強主婦らの団欒。
「ピナコさん! 私は別に急に髪を伸ばし始めたことだけを言っているんじゃないんです。この間は突然部屋にこもったかと思えばアルフォンスしか出入り禁止にするし、反抗期かしらと思っていたらこれまた突然二人して夕食の準備を手伝いだしたり」 この頃何だかあの子の様子がおかしいような気がして。
トリシャは困ったように頬に手を当てた。 すると隣に座っていた肉屋のイズミが紅茶を一口飲んで、言う。
「トリシャのとこは旦那さんも長髪だったね。父親への憧れとか……」 「っない! それはないわ!! だってあの子しばらく前からヴァンに対して態度が冷たいし、「そうかそうか、父親に憧れる年になったか」って言いかけたあの人に殴りかかりそうになって……」
全力で否定したトリシャに、イズミが腹を抱えて笑い出した。もちろん本気で殴りかかったわけではないだろうが、その場面が容易に想像できる。
「あの年頃ってこんなものじゃない? うちのウィンリィも自分でピアスあけちゃって。学校から呼び出されるんじゃないかと思ったんだけど、部活で活躍してるから大丈夫だって。おおらかな学校よねぇ」 のほほんと言うのはサラだ。男女の違いはあるが、同じ年頃の子どもを持つ二人は特に仲がいい。
「そうだ。お義母さん、ユーリはどうだった? やっぱり女の子と男の子じゃ違うもの。ここは経験者の意見を聞かなくちゃ」 急に話を振られて、ピナコはそうだねぇと少しばかり昔を思い返す。 「あの子は反抗期らしい反抗期もなかったような……。むしろ酔いつぶれて帰って来た父親を怒鳴りつけたことがあったよ。よくできた子さ。こんないい嫁まで見つけてきて」 「そんな、お義母さん。褒めても何にも出ませんよ」
素敵に笑い合う嫁姑をよそに、イズミとトリシャは小さく頷き合う。 (ユーリさんが先に雷を落としたのは、賢明な判断ですよね) (そうだね。ピナコさんがキレていたら病院送りになっていたかも。旦那さん、命拾いしたね)
「まあ、年頃だからね。ウィンリィもエドとアルも親に隠し事の一つや二つあって当然だよ。何か困ったことがあれば学校の先生だっているし、あたしもイズミさんもシグさんもいる。誰かに相談するだろうさ」 「そんなものかしらね」 トリシャがとりあえず納得したように苦笑した。
そこでイズミがふと思い出したように言う。 「そうそう、学校の先生といえば。最近ロス先生の話を聞かないね。同僚と付き合い 始めたんじゃなかった?」
以前ウィンリィが若い女性教師を半分無理矢理に連れてきたことがあった。 話を聞けば同僚に付き合ってほしいと言われて迷っているとのことだった。迷っていた理由が相手についてではなく、お互いの立場や職場に関してだけだったので、女性群は揃って交際を勧めたのだった。
「うちの子達はそういうのに鈍くて。お相手、ブロッシュ先生でしょ。年下からのアタックなんてドキドキよね」 私はヴァンの方がずっと年上だったからちょっとだけ立場が逆なのよね。
いつの時代も女性の話はいつの間にか恋や愛にすり替わり、落ち着く。先程までの思春期の子供についての心配事はどこへやら。 すっかり乙女に戻ってきゃあきゃあと声が弾む。
「ロス先生ってウィンリィの担任なのよ。何だか元気がないって昨日あの子が言ってたわ。上手くいってないのかしら」 「教師同士がくっつくことも少なくはないけれど、あの二人は若いからねぇ」 「別れちゃったりしたら、気不味くないかしら」 「その前に学校での職場内恋愛はそうでなくてもきついだろう」
授業に部活、準備や計画だらけでデートをする暇もないかもしれない。同じ職とは言え、お互いのスケジュールなんてそうそう合うものでもない。学校という囲いの中で動かなければならないとなると、融通も利かない。 一応それぞれ、それなりの苦労を味わってきた女性らはため息をつく。
「お似合いかと思っていたんだけど……」 「サラ、人間付き合っていれば喧嘩の一つや二つするわよ。諦めるのはまだ早いわ」 トリシャとサラはすっかり二人の仲を応援する側らしい。 イズミは上手くいけばいいなという思いはあっても、ここまで燃え上がりはしない。ピナコにいたっては上手くいく時はいく、いかなかったら縁がなかったんだねと少し冷静に見守っているスタンスを取っている。
壁掛けのからくり時計から小さな人形の犬が飛び出してきて、わんわんと鳴き出した。モデルになっているのはロックベル家で飼われている犬だ。元は鳩が出てきていたが、孫娘の手によって華麗に改造されてしまった。
「あらやだ。もうこんな時間」 「夕飯の準備しなくちゃ」 トリシャとサラが立ち上がる。今日は店にくる客が少なかったのでついつい話し込んでしまった。夕方が書き入れ時の肉屋をやっているイズミはしばらく前に帰っている。
「ピナコさん、サラ、今日はありがとう。エドのこと、私も心配しすぎちゃって。あの子が何か相談しに行ったらよろしくね」 「いいのよ。こちらこそ、ウィンリィがお世話になるかもしれないし」 「困った時はお互いさまさ。話を聞くくらいならあたしだってできるからね。また来とくれ」
カランとドアのベルを鳴らした後姿を見送る。 この間生まれたばかりだと思っていたのに、もう大人の階段を上る年かい……。 ピナコは一度肩をすくめて、そして水道の蛇口を捻った。
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