変化球





 「少尉ってさ、かなりへビースモーカーだよなー」
 「そーっスか?」
 「だって少尉がタバコ咥えてない姿の方が珍しいじゃん」

 執務室のロイの机の傍らで本を読んでいたエドワードがふと顔を上げて言った。休憩と称して盛大に息を抜いていた大人達はそれぞれコーヒーや紅茶を口にしていた。
 ハボックは窓を開け、タバコに火をつけたところだった。


 「そーゆーの『口唇期に固着してる』って言うんだぜ」
 「何スか、それ」
 エドワードが口にする用語が分からないことは少なくない。エドワードは一応一般人と会話する時には気を付けているらしいが、日常的に錬金術の用語がポンポンと出てくる辺り、効果は薄い。
 それで、分からない時はその場で尋ねることにしていた。しかし今回は『こうしんき なんたら』を強調して言っているので、エドワードが得意な錬金術用語ではないらしい。まるでどこかで読んできた本の内容を繰り返したようだ。

 「精神分析学用語。ヘビースモーカーって、タバコが好きってのより唇に触れる物を手離せないだけなんだってさ。他にも瓶に口つけるって行為が好きで酒好きとか、爪を噛んだりする奴もそうなんだって」
 「へー。で、『こうしんき』って何だ?」
 「えーっと…?」
 専門外なので流し読みしたのか、詰まるエドワードの代わりにファルマンが答える。

 「フロイトという人が提唱したものですね。乳児が唇に快感を得るらしい生後十八ヶ月までの時期のことです」
 「そうそう、その時期にちゃんと刺激を与えられないと、欲求が満たされなくて大人になってから少尉みたいにタバコ手離せなくなる奴になっちまうんだって」

 「俺兄弟いるからなぁ、確かにあんま手掛けられなかったかも」
 納得して、ハボックはタバコの煙を肺の奥に吸い込んだ。





END.





 =おまけ=

 「ハボック、寂しい乳幼児期間だったんだな」
 「何言ってんスか、大佐。なぁ、大将」
 ハボックがにやりと笑ってエドワードの顔を窺う。
 「ああ。大佐もだろうが」
 エドワードはハボックに肯定の返事をして、きょとんとしてロイを見た。

 「だって大佐、キス 好きじゃん」

 何事もないようにさらりと口にされた言葉はロイを愕然とさせ、他の意味で周りの人間達に冷や汗をかかせた。