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瓦礫の中でその小さな箱を見つけた時、わずかにずれた隙間からコードが覗いていた。 それが何を意味するのか考えるより先に、チ、と無気味な音が発せられ、制限時間(タイムリミット)が近いことを悟った。
本能が瞬時に判断を下して、オレは叫んで逃げ出した。 ――爆発する! 間に合わない。逃げろ!! 慌てた軍人の一人が崩れた煉瓦に足を取られて転がった。駆け寄るけれども、とにかく時間がない。軍人の手首を引っつかんで、そして地に伏せさせる。 ――バカッ 耳ふさげ!! 早くしろっ! 爆風で何が飛んでくるか分からない。 集中どころじゃなかったけれど、両手を合わせて地面につけた。 防壁が姿を現した瞬間凄まじい音と衝撃が襲い、思わず目をつむった。
ミステリー
頭が痛い。頭痛とは違って、痛みよりもじんじんする。目をこじ開けると天井が見えた。 あれ? 外にいたんじゃ… 一瞬事態が飲み込めなくて、身体を起こして辺りを見回した。 ああ、医務室だ。
少しほっとする。顔の違和感に、ぺたぺたと触ってみる。顎に近い左の頬にガーゼが貼られている。 そうか、と思う。自分はおそらくあの爆発で気絶してしまったのだ。情けない。 べッドの脇にたたまれていた黒いジャケットが目に止まる。 上着を脱がせたのは治療のためらしい。左腕に包帯が巻かれている。痛みはないけれど、切れたのだろう、血が少し滲んでいた。
ベッドから下りて一通り手足を動かしてみる。大丈夫。何ともない。 どのくらい寝ていたのか分からない。しかしあの爆発からそう時間は経っていないはずだ。きっと軍医は現場にかり出されているのだろう。この部屋はやけに静かだ。 ジャケットの袖に腕を通して医務室のドアノブに触れた瞬間、扉が開いた。 あ、と口からこぼれたはずの音がないことに首を傾げる前に、黒髪の男が姿を現した。
「気がついたのだね?」 大佐が何事かを口にする。その様子にしばらく逡巡して、仕方なく指で耳を指した。 『聞こえない。あんたが何言ってんのか分かんない』 「……鋼のっ? 何が…」 大佐が見る見るうちに慌て出し、青くなって口を動かしている。 だから今聞こえないって言ったじゃん。 『耳ふさぐの間に合わなかったみたいだ』 としゃべったつもり。オレには骨を通じて多少聞こえているけど、大佐にはどうなのだろう? しかしそんな心配は杞憂で、通じたのだろう、「全く君は」と大佐の口が動いた。
「たいしょー大丈夫っスか?」 「ハボック」 窓から見える分には慌ただしくはない。市街地の一角から燻った煙が一筋漂っているのが見えるだけだ。爆発があったのはあの辺りなのだ。大佐が堂々とここでサボっていられるようだし、大きな被害はなかったのだろう。 軍医が戻ってくるまでここでじっとしているように、と大佐が言ったので、仕方なくこうしてベッドの上にいるのだ。 ふと新しい空気を感じて、振り返る。 大佐がこちらに手を伸ばしかけていて、ハボック少尉がドアの辺りに立っていた。大佐はオレの肩を叩くかして少尉がきたことを知らせようとしたらしい。 「大丈夫か? 現場で倒れたって聞いたから」 相変わらず聴覚がイカれてしまったままだった。眉を下げて少尉が何かを言っている。当然分からないので、困って大佐の袖を引いて助けを求める。 『?』 「この通りだ。あの爆発音に聴覚が少々麻痺してしまっているようだ。一時的なものだろうから心配はいらないと思うが」 「中尉から伝言です。『エドワード君が軍医に診てもらったら即行戻ってきてください』だそうです」 「……やれやれ」 大佐と少尉がしゃべっている。表情や様子から、おそらく中尉が大佐に戻ってこいとでも言っているのだろう。 爆発事件があったのに司令官がここにいること自体おかしいのだ。本当は。 何を話しているのかいちいち尋ねるのも気まずい。所在なげにベッド脇に腰掛けていると、大佐がオレを見て何かを思いついたように手を打った。 「ハボック。何か書くものを持ってきてくれ。筆談なら可能だ」 「わざわざ持ってこなくても、大佐の手帳使ったらいいじゃないスか。面倒臭い」 「鋼のに私の研究過程を見られたらどうする。一読して暗号を解かれたら私のプライドが傷つく」 「それが冗談じゃなくてマジでやりかねないのが大将っスよね。分かりました」 ハボック少尉が片手を上げて笑うと部屋を出て行く。 持ち場に戻ったのかと思っていたら、すぐにまた姿を現す。数枚の用紙を手にしていた。 大佐が受け取って、うちポケットから手帳に引っ掛けていたペンを取り出す。 ああ、筆談か。 大佐が差し出してきた紙とペンを受け取る。
――さっきの被害は? 怪我人とかいるの? さすが大佐、万年筆もいいもの使っている。ペン先から黒いインクが滑らかに出てくる。書き心地抜群。使い込んでいるようで、手によく馴染む。 ペンが一本しかないので、大佐に渡す。 大佐と少尉がオレの文字を読んで、答える。 ――軍人が数人かすり傷を負っただけだ。被害といえば周囲の建物が少し壊れたくらいだ。 二人が苦笑している。 オレはよかった、と胸を撫で下ろした。
「豆」 「ミジンコ」 「ちっちゃい」 「ほんとに聞こえてないんスね」 「口の動きで分かったらどうするんだ」 変に感心している部下に、上司はため息を吐いた。
――瓦礫撤去ならオレも手伝うよ。その方が早いだろ。 つづられる言葉に、少尉が口元を抑えて笑う。 「大将って優しーなあ。あ、大佐。伝えなくていいっスよ。多分怒るから」 口の動きは読み取れなくて、何に苦笑しているのかは分からなかった。 大佐がペンを走らせながら答えている。 「肉体労働は得意だろうが。お前の隊は道路を何とかしろ。あれでは通りの意味がない」 「今日中ですか?」 「そうだな。せめて人が通れるくらいには」 少尉の顔色が悪くなっていく。対照的に大佐は平然としているから余計分からない。 大佐が用紙をよこす。 ――軍医から許可が下りれば頼む。 分かった、と頷く。
あ、と思い出してペンを握る。 ――… ふと、音が聞こえたような気がして弾かれたように顔を上げる。 「鋼の?」 やっぱりだめだ。聞こえない。大佐が無音で口を動かす。 ……… でも、知っている音だ。
『…アル?』 「たいしょー?」 ベッドから飛び降りると、帰ろうとしていた少尉が驚いた顔をして何か言う。 ……… 『大佐…何か……』 大佐と少尉が何かに気づいたようにドアを見た。ふ、と表情が軽くなる。 コンコン 「失礼します。大佐、アルフォンス君を…エドワード君?」 ドアが開いて中尉が顔を出した。 「兄さんっ、…大丈夫なの?」 『アル』 すぐにアルが後ろから現れる。あたふたとした動作で、心配させてしまったと思いつつも苦笑した。 アルの視線がオレを通り越す。何かと思えば、大佐とその辺りに散らばっている用紙だ。今まで筆談に使っていた物。そうだった。
『アル、ちょっと今聞こえなくて』 言っている間に、アルはチョークを取り出して壁につづり始めた。一瞬大佐の方に顔を向けたのは、後でちゃんと消す、とか何とか一度断りを入れたのだろう。 ――無事で良かった。…爆発音にちゃんと耳塞がないからだよ。鼓膜破れちゃったらどうするのさ。まったく。 いつものように困った声が聞こえる気がした。けれども、小言が始まりそうな予感に、チョークをひったくって言い訳をする。 ――塞いだよ! ちょーーっと間に合わなかっただけだ。すぐ元に戻るよ。 『ほんとに兄さんは…』とアルが呆れているのが分かる。居たたまれずに視線を泳がせれば、大佐と少尉が笑っていた。
早くこの声を聞きたいと、心底思った。
END. どこがミステリーって、アルの足音だけは気付いたってことです。兄弟愛。 |