ああ、大佐とのやりとりはいつもろくな結果に終わらない。
 オレが言えば大佐も言い返してくるし、そうするとオレも黙っているわけにはいかなくなる。
 何ていうか、反発心で。

 おそらくあれだって、大佐はもう忘れているだろう。言ったことすら覚えていないのは可能性が高すぎて確かめたくない。





 社会貢献





 確かあれはオレが何かの騒動で市街地の一部を破壊して、犯人グループの一味をぼっこぼこにした時だった。

 「君は考えてから行動するということができないのかね。頭に血が上ると見境がないじゃないか。毎度毎度これでははっきり言って困る。当分は血の気が多いのは生来のものとして割り切るとして、君も十六になったら社会貢献でもしてみてはどうだい。少しは冷静に物事を見定めて、常識的に行動できるかも知れんぞ」

 そう言って上司は、こめかみに青筋を浮かび上がらせながらにこりとした。
 率直に嫌味や怒鳴られるより腹が立った。それ以来、大佐の顔を見ると「十六になったら」と決意を固めていたのだ。
 言われたら、やってやる。





 レッドクロスのマークがデザインされた建物から真っ直ぐに司令部に向かった。
 針は思っていたよりも太かったが、それほど痛くはなかった。
 「初めてですね」と受付のお姉さんから感謝され、初回特典としてスタンプカードに判子が二つ付いた。誕生日の月に行っても、同じように得点としてスタンプが一つおまけされるらしい。誕生月だと証明できる物が必要になるが。


 「てめーが言ったこと覚えてるか。どーだ、社会貢献くらいできんだよ!」
 そう言ってやろうと事後注意も忘れて司令部の門を走り抜ける。大佐は多分忘れているだろうが、それならそれでも構わない。オレが今日提供することで誰かの手助けになったのだと思うと悪い気はしない。
 いつも通りノックもなしに執務室の扉を開けると、大佐はいなかった。軍議に出ていて、戻るのはもうしばらく先らしい。なんてタイミングの悪さ。
 かみ合わないのはオレと大佐じゃよくあることで、だからソファに腰掛けて待つことにした。出直してくるのは面倒だったのだ。

 そのうちに、なんだか頭が痛くなってきた。後頭部の辺りだ。我慢できないくらいじゃなかったからソファに寝そべる。ハボック少尉やフュリー曹長が羨ましそうに見てきたのでオレは無視を決め込んだ。


 「大将?」
 最初に気付いたのはブレダ少尉だった。きつくつむっていた目をこじ開けると、視界が揺れた。
 「顔色悪いぞ。平気か?」
 「ちょっと頭痛いだけ。問題なし。それよりさあ、大佐まだ?」
 話題を変えれば「もうそろそろだと思うけど」と返ってきた。
 なじろうと口を開くと、カチャリと音を立てて扉が開いた。

 「大佐っ」
 半分怒りを混ぜてソファから立ち上がると、いきなり視界が真っ白になった。ちかちかして、周りが見えない。キーンと耳鳴りが響いて、三半規管が狂って膝が砕けた。
 「おいっ!」
 支えてくれたのはハボック少尉で、頭痛も手伝って片手でこめかみを押さえてその場に座り込んだ。
 大佐が慌てて駆け寄ってくる。

 「鋼のっ?」
 珍しく焦った声だった。
 意地悪く答えたかったけれど、両目の奥からの鈍い痛みが酷くて目が開けられなかったし、歯を食いしばったから言葉も出なかった。
 ただ、うーと唸った。


 「体調でも悪いのか? 顔色が真っ青だ」
 大佐が体温を確かめようと首筋に手を当てる。周りの大人達もそれぞれに肯定を口にする。
 やっと頭痛の波が緩やかになって、恐る恐る目を開ける。近頃はちゃんと寝ているし、無理をした覚えもない。突然どうしたと問われても、首を傾げるのは自分の方だ。
 「……多分、大丈夫。立ちくらみ、かな」
 そんなタマか、と笑われると思って目をそらした。

 「なんっつーか……大将、貧血じゃねえ?」
 いつものようにタバコをくわえたまま、ハボック少尉がこちらをじろじろと見ていた。
 そう言われれば、そんな気がしないでもない。
 「あー。くらくらする感じがそうかも。でも……」
 「鋼のっ。また何かやらかしたのか? 怪我をしたとか、ぶちのめしたとかっ」
 引っ掴まれて揺さぶられかけた。少尉達が止めに入ってくれたおかげでそれは免れた。
 しかし大佐は不服なようで、ボディーチェックをしてべたべたと頭や足を触った。
 もちろんどこも怪我はしていないので、痛みを訴えることもない。バカかこいつは、と思っていると、ふいにオレの腕を捲り上げた。

 「あ」
 間抜けな声を上げたオレを大佐が睨んで、少尉達があちゃーといった感じで見た。
 肘の関節に包帯。真新しい白い包帯。何をするため? もちろん止血のための圧迫。
 「鋼の」
 地響きがするような不気味な声で大佐が呼ぶ。
 マズイ。絶対勘違いしてる。ああ、そうか貧血ってこれか。そうだよなあ、忘れてた。

 「君は! どうしてこう毎度毎度怪我ばかり。貧血を起こすほど血を流したのかね」
 目が据わっている。腕を握っている手が震えている。
 「たいしょー、早めに白状した方が身のためだぞ」
 どうやら大人達も勘違い組みらしい。ここにオレの味方はいないのか。

 「おいっ、違う! オレは怪我してねえし、騒動も起こしてねえよ。今回は」
 一瞬、沈黙が部屋を満たす。
 じゃあこれは? という問いを待つまでもなく、ため息をついて言う。
 「……血ぃ抜いたから。献血。……まさか貧血になるとは思わなくて」
 「…………」
 一瞬の沈黙の後、一同大爆笑。

 「……う、ぅ…ちくちょう……」
 腹を抱えて笑いが止まらずにいる大人達をねめつける。
 「鋼の、ガラにもないことをするからだ」
 大佐が嫌味に笑いながら言う。

 発端はあんただろうが!
 「大佐が言ったんじゃねーかっ!! 忘れたとは言わせねえぞ。「普段迷惑ばかりかけているんだから十六になったら献血でもして人の役にでも立ってみろ。頭に上った血でも抜けば少しは冷静に行動できるだろう」って! ああ、だからオレ……」
 大佐が目を丸くするのが見えて、もう全部説明するのも嫌になった。

 「私が?」
 やっぱ覚えてねーのかよ。
 盛大にため息をつく。
 「もういいよ。あんたの言葉を間に受けてたオレがバカだった」

 「あーあ、大佐。最低っスね」
 「大将健気だなあ」
 「エドワード君、ちょうど鉄分入りクッキーもらったんです。食べていってください」
 「こういう時は、まず頭を低くした方がいいんです。一旦横になって、ソファの肘掛に足を乗せて」
 途端に優しくされる。


 まあ、大佐の唖然とした顔が見れたから何でもいいや。
 言われた通りにしてしばらく休むことにした。





END.
 実際は献血で貧血なんてなりませんよー。不調になるのは緊張やストレスからで、200ミリ(日本の場合、400ミリは18歳から)で貧血なるくらいなら初めから比重が足りなくて断られるようです。