「はあーー。全く、私は何をしているんだ」
 ぶつぶつとそんな呟きが聞こえたが、ヒューズが首を傾げたのは一瞬のことで、すぐにいつも通り声をかけたのだった。





 君のイメージ





 「おいおいおいおい。大佐殿、こんな所でヤケ酒か?」
 「っ!? ヒューズ?」
 ヒューズはロイのうな垂れているという最近は珍しい姿に、バシバシと背を叩いた。
 見るとカウンターには中身が半分ほどのグラスと、空になりかけているボトルがある。ロイは下戸ではないが、そんなに酒に強いわけではない。数年前に仲間と飲んだ時は、真っ先に酔いが回ってからかわれていた。確かその時に面白がって撮った写真がどこかにあったはずだ。


 「何しに来た」
 「たまには息抜きと思ったんだよ。お前こそどうしたんだ、ロイ」
 隣に腰掛けると、ロイはまたグラスを煽ってため息をついた。かなり飲んでいるのだろう、もはや目が空ろだ。
 「おい、飲みすぎだぜ。その辺にしとけよ」
 ヒューズが空になったグラスを取り上げる。それを名残惜しそうに追った視線はすぐに興味を無くしたようにそらされた。
 自暴自棄と思えるほどの飲酒は、ロイが何か忘れたいことがある時に繰り返す行為だ。本人に自覚は薄いようで、周りが止めるかぶっ倒れるまで飲み続ける。
 東部の内乱帰りには度々あったことだが、近頃は全くといっていいほどなかった。


 「どうした? 本命にでもフラれたか?」
 特定の相手などいた試しがなく、本命ができたという噂も聞いてはいない。
 しかし、これくらいしかロイの行動の理由が思いつかない。

 「……ヒューズ、私はやり直したいんだ」
 おうおう、と呂律が怪しくなっているロイの言葉に、ヒューズがなだめるように答える。珍しいほどに落ち込んでいると思って声をかけたが、今夜は思いの他付き合わされることになりそうだ。
 「よし、こうなりゃとことん付き合ってやる!」
 ヒューズはマスターにノンアルコールを頼んだ。





 「酷いことを言った」
 「喧嘩でもしたのか?」
 「……怒鳴りつけてしまった」
 「お前さんが? 一体どうしたんだよ」
 「あの子のしたことに気が動転していたんだ。その後……ああっ、何で俺はあんなことを言ったんだ? あの子はまだ子供だって言うのにっ」
 「お前も人間だからな、そういうことだってある……さ?」

 ヒューズはここで何かが引っかかって語尾を濁した。
 「…………子供?」
 恐る恐る尋ねると、ロイは遠くを眺めて自嘲気味に笑った。
 「そうだ。まだ十一歳の子供だ。それを俺は……俺は、とんでもないことをしたのかもしれない」
 ヒューズが口に含んだ麦茶をふき出した。
 「じゅ、じゅういち!? お前そんな子供にまで手を出したのか!? ってか何でそんな……」
 「ヒューズっ、あの子はなぁ とにかく素晴らしいんだよ! 年なんて関係ないんだ。出会いは最悪だったが、とにかく俺はあの子に道を示してやりたかったんだ。あのまま潰れてしまったのではあまりにももったいないと思ったんだよっ」

 どれだけストライクゾーン広いのか、こいつは。いや、今さらか。
 所々よれよれとしゃべるロイに、ヒューズはいかがわしい店でこき使われている少女を思い浮かべた。小柄で、美人。十一というのだから、ロイの熱情は先を見越してのことだろう。


 『君はこんな所にいるべきではない。……私だけのものになってくれ』
 『……そんな、マスタングさん』
 『私が嫌いかね?』
 『いえっ……わ、わたしも、マスタングさんのことが……』
 『ロイと呼んでくれ』
 『ロ、ロ……』


 「なあ、やはりあんな愚かな道は示してやるべきでなかったんだ。俺はメリットばかりを並べて、デメリットをぼかしていたかもしれない。内乱の時でさえ、その危険性が子供が想像できる範疇にないことを知っているのに」
 メロドラマのような展開を想像していたヒューズは、ロイの沈んだ声で現実に引き戻された。
 色恋事とは関係のない単語がいくつか混ざっていたようにも思うが、その様になっている横顔に色男だなあと感心してしまっていた。ドラマのワンシーンのようで、女性にモテるのも頷ける。

 「でもなぁ、十一は犯罪だろ。せめて十六くらいまでは待て。な、親友からの頼みってか忠告、でもなくて警告だ」
 「五年も待てというのか? 無理だ」
 「ちょくちょく会うだけじゃだめなのかよ」
 「あの子がいるのは東部の端だ。しかも、もう告げてしまったんだ」
 「……何を?」
 「……イーストシティに来れば力になると。あぁ、俺はなぜ性急にことを進めてしまったんだ!」

 額に手を当てて悶絶しているロイを横目で窺いながら、ヒューズはちびちびと麦茶を飲んだ。
 「で? 来そうなのか、その子」
 今度はがばりと起き上がって、ロイがずずいっと距離を詰める。かなり酔っている。性質の悪い酔っ払いに絡まれている気分だ。いや、実際そうだった。
 「あの状態じゃ今すぐにというのは無理だろうが、早ければ二年か三年後には必ず俺を訪ねてくる」
 「随分自信がおありのようで。じゃあ来たら俺にも会わせてくれよ……って、別れたんじゃねぇのか?」
 「は? 彼とは出会ったばかりだが」
 「彼? 女じゃねぇのか」
 ヒューズは間抜けな声を出した。何か食い違っているような気はしないでもなかったが。


 「何を勘違いしてるんだ。俺が女性相手に軍人の立場を優位に使って家に上がり込んだり、初対面で胸倉を掴み上げたり、怒鳴りつけたりするわけがないだろう」
 「そんなことしたのか……。十一のコドモに」



 その後二人はしっかりと語り合い、ヒューズは国家錬金術師に推薦したい子供のことだと認識したのはいうまでもない。





END.