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「おいしい?」 「……うん。すごく」
リザに尋ねられ、エドワードは小さく頷いた。 ありがとう、と笑ったエドワードにリザも優しく微笑み返した。
ビスケット
「おや」 東方司令部の司令官、階級は大佐の男は部屋に入るなり空になったカップとその残り香の甘い紅茶の香り、そして白い丸皿に気付いた。 誰か来客でもあっただろうかと考えて思い当たる。 昨日イーストシティに着いたと連絡が入っていた。
「鋼のが来ていたのか」 椅子に腰掛けて首から肩の強張った筋肉をほぐす。会議は長時間になるともはや拷問だ。 「はい。大佐がいつ戻ってこられるか分からない、と申し上げましたらそれを」 優秀な副官は机に置かれた封のされた封筒を指した。
ついこの間十二歳という年齢で国家資格を取得してしまった少年は東方司令部を拠点に国中を旅している。 三ヶ月に一度ほど各地の詳しい情勢や探し物の報告がてらに顔を見せるようにいっている。
「珍しいな」 少年は十二歳でありながら子供ではない。 わざわざ推挙してやり、後見人としてついてやった男にさえ、少年は隙を見せない。幼い様子も見たことがない。 他人に弱みを見せるな、握られるなと言ったのは男の方だったが、言われて強制したものよりもその態度は完全なまでにかたくなだった。 そんなことだから、いつもは報告書を提出するとすぐに帰るのだ。
「昨日ヒューズが置いていったやつだな。妻が作ったものとか」 昨日は中央から親友が来ていた。仕事のついでに司令部に寄って行き、恒例の妻自慢が始まるのかと思ったら第一子ができたと手を握り締められ、息子だろうか娘だろうかと延々と話が続いた。 子供ができたのは喜ばしい限りだが、息子でも娘でも家庭自慢の規模が拡大するのは断固として遠慮したい。
「ええ。すごくおいしい、と」 「ほお。やはり子供に違いはないな。今までそのような姿を見せることなどなかったのに。ビスケットで……」 ふふん、と笑おうとして、副官の表情がいつにも増して硬いことに気付く。 「……どうかしたのかね?」 副官は空になった丸皿を見つめた。今は細かい屑しか残されていない。
「母親が作ってくれた味と似ていると笑っていました」
男が動きを止め、窓の外に視線を移した。 子供なのに、子供でいられなくなった少年を思い浮かべた。 たかだかビスケットで笑みを浮かべたのは、それが手作りだったからで。 ビスケットがおいしかったからだけではなく、優しくて手料理が上手かったのだろう母を思い出しての哀愁からだったのだろう。
故郷の味が懐かしいなどと、それは子供の科白ではない。 男は自分が彼と同年齢の時はどうだっただろうと考えた。 少なくともあのような危うげな立場にはいなかったし、まだ『子供』だったはずだと思い出して、きれいに平らげられた白を見つめ続けた。
END. |