「あの子は、何もかもを差し出してしまう」
 そう言ったのは、長雨の続く午後だった。





 彼と彼と雨





 休憩と称して手を休めた上司は、先日届いた報告書を眺めながら呟いたのだった。
 私は聞こえなかったふりをした。
 等価交換も語れない私が何を言えるだろう。慰めも肯定も示すことができない。

 「あの子は何でも一人でやろうとする。私をさえ巻き込もうとはしない。もっと利用してもよいものを。そうして、やり遂げてしまうのが『鋼の錬金術師』だ」

 私は同じことを言いたい。

 『あなたは何でも差し出してしまう』
 頂点に登りつめるまでは、自分自身でさえ、駒だと思っている。

 『あなたは何でも一人でやろうとする。私たちをさえ巻き込まないようにする。もっと危険にさらしてくれてよいものを』

 いくら上から指示を出そうと、先に道を切り開いては私達の安全を気にかけている。そんなことをしていてはいけないのに。
 使えない駒さえ捨てられずにいるのに、自分の身は迷いなく切り捨てていく。


 そうやってこの人は成し遂げてしまうのだろう。





 「何もかも差し出したとしても、捨てていってしまうとしても、覚えていて欲しいと思います」
 上司が出て行った後、誰もいない部屋で口を突いて出た科白。
 何を言っているんだろう、と手を口元に持っていった。
 口を塞いでみたけれど、沈黙の中では何もかもが希薄で空虚で、泣きたくなった。

 そっと触れた窓ガラスの冷たさは、指先を伝って胸中を麻痺させた。



 私は、祈らない。
 あの人に付き従い、あの人の盾になる。

 聡い子供は神様は信じない、と言った。
 祈るための神様は持ってない、と言った。

 祈りを聞き届けてくれる神様はいない。
 そう悟ったあの戦場でも、こんなふうに音もなく天水が降り注いでいた。





END.