どういうことだ と叫んで
 どうして黙っていた と胸倉を引っ掴んで

 挙句の果て 殴られたのに
 どうしてオレは
 来てしまったのだろう





 ごめんなさい





 エドワードは一人、見慣れない建物を仰いだ。
 最近セントラルに越してきたばかりのロイが住む部屋には明かりが灯っている。
 濃い霧が立ち込めて、外にいると体温は徐々にだが、確実に奪われていく。
 そんな場所にエドワードはほんの少し、というには長すぎる時間ただ立っていて、帰ろうと踵を返した後も迷うように二、三度振り返った。

 ――言わなければならないことがある。
 でも……

 あてもなく歩を進めたエドワードはベンチに腰を下ろした。
 遊具があるので公園だろうということはすぐに分かったが、そんなことはどうでもよかった。
 ぽつりと雫が落ちてきた。
 それは見る見るうちに細かい雨になった。
 アルフォンスがいればどこか屋根のある所へ移ったか、そうしようと咎められたのだろうが、ホテルを抜け出して来たのは一人きりだったので、エドワードはベンチに座ったままだった。

 ――謝らなければならないことがある。
 でも……

 ヒューズの死。ロス少尉が容疑者?
 んなバカなことがあるか!
 そして 大佐が、少尉を……   どうして……!?

 いろんなことが一遍に起こりすぎて、何がどうなっているのかよく分からない……。
 ほとんど霧と化した水滴が金色の髪を伝って地面に吸い込まれた。
 視線を落としていた足元が、ふと陰った。



 「こんなところで何をしている。鋼の」
 足音に気付かなかった。
 見開かれたエドワードの瞳に、片手に傘を持ったロイの姿が映った。
 「こんな所で何をやっていると聞いている」
 この人に会いに来たはずなのに……
 エドワードは何かを言い出そうとして、一息吸った。しかし、唇は音を発することなく引き結ばれ、瞳は再び足元へと伏せられた。

 「私の所に来たのではないのか?」
 ロイは黙り込んだエドワードを見下ろした。
 目立つ金髪の三つ編みからは雫が滴り、赤いコートを着ていないいつもの黒の上下はじっとりと濡れていた。
 この雨の中にいては当然の姿で、濡れそぼっている、という表現が適当だった。
 ロイは困ったように一度微かに眉を寄せた。
 「そのままでは風邪をひく……ついてこい」
 そう言っても立ち上がらないエドワードに、ロイは構わず踏み出した。

 後ろから、ひきずるような足音が聞こえてきた。





 パタンとドアが閉まる音がして、ロイはやっと振り向いた。
 手には湯気の立つカップを持っていた。
 エドワードは扉から一歩目のところで立っている。
 雫が規則的に落ちて小さな水溜りを作っていた。
 俯いたまま微動だにしないその姿にロイはカップを置き、代わりにタオルを待ってきた。
 そして、それをエドワードにばさりと頭からかぶせた。
 「身体を拭くのが先のようだな。……アルフォンスには言って出てきたのかね?」
 押し黙ったまま髪を拭こうともしないエドワードを見かねて、頭に手をやる。
 「口を利く気がないのなら、とっとと帰……」

 「……めん…なさ……」
 吐息にも似た呟きがロイの耳をかすめた。
 ロイは驚いたように手を止めたが、エドワードの顔は上げられることがなく、表情は分からない。
 ふいにエドワードの足が一歩、前へ出た。弾みでタオルが外れて床に落ちる。


 「……ごめんなさい」
 抑揚の無い、痛々しく震える声。頭をロイの胸に預けたまま、また繰り返す。
 「ごめんなさい」
 感情に任せて泣き出すかと思ったロイの予想に反してエドワードはただ静かに言った。

 何のことを言っているのかは、よく分かっている。
 ヒューズの死。
 知らせなかったのは、私の独断だ。
 知ってしまったのは、私の責任だ。
 兄弟を思ってしたことが、逆に重荷になってしまうのか。

 いくら謝ったって、帰ってくるわけじゃないのに。
 どんなことをしても元に戻らないことがあることくらい、分かっているのに。
 それでも、中佐が殺されたのは明らかにオレ達のせいで。
 オレ達が……巻き込んだせいで。
 全ての発端は、オレで……。
 だから、謝ることしか……できなかった。





 「ごめんなさい」
 「ごめんなさい」
 ただただ、謝罪の言葉を繰り返すだけのエドワードをロイは見つめていた。
 うつろな瞳から雫が滑り落ちる。
 極限まで溜め込まれた涙が、重力に従って床に落ちて染みを作る。
 「ごめんなさい」


 この子は、あまりにも背負いすぎる。
 大人の世界に身を置いていても、やはりまだ十五の子供だ。
 たった一人の人間の死で、こんなにも傷つくほどに純粋で、優しすぎる。
 こんな子供が戦場へ放り出されたら、どうなるのだろうか。
 いや、結果は目に見えている。
 私と同じようにイシュヴァールに送り込まれた兵士達でさえ、常軌を逸した戦いに、正気を失う者がいた。
 そんな所にこの子が行ってしまったら……。
 きっと壊れてしまうだろう。この心は。真っ直ぐなこの心は。


 「ごめんなさい」
 狂ったように謝り続けるエドワードをロイはどうすることもできなくて、預けられた頭を、あやすように撫でた。


 雨音が激しくなり、呟くエドワードの贖罪の声はかき消された。





END.