「やだ」

 「やだよ」


 幼く繰り返す声が、痛い。





 全てを捨てるバカ





 「お願い。行かないで」

 子供は青い軍服を掴んで放さなかった。強く握りすぎて、手が白くなっている。
 子供の頬にはガーゼが貼り付けられ、手足には包帯が巻かれていた。



 「エドワード君、大丈夫よ。大佐は南部の視察に行くだけなのだから」
 大人の声に耳を貸さず、子供はただただ「行かないで」と繰り返す。
 泣き出してこそいないものの、その表情は歪んでいる。



 「エド……」
 「じゃあ連れてって」
 金の瞳は真摯に黒を捕らえたけれども、すぐに否定が返答される。

 「それはだめだ。君は自分を犠牲にし過ぎる。この怪我だって私を庇ってのことじゃないか」
 子供に掴まれていた大人は、腕をゆっくりと引き剥がし、諭す。
 しかし子供は聞き入れない。



 「……エド。いい子にしてたら、すぐに帰って来るから」
 子供を説得させるためについた嘘は、たった一言で打ち砕かれる。

 「じゃあ、大人しくしてたらアルも帰ってくるのかよ」

 少々挑発的な物言いになったのは、大人が嘘をついたからだった。
 大人は無言で、子供の短くなってしまった髪を撫でた。子供の手はまた青を掴む。

 「行かないで。行くならオレも連れてって。あんたまでオレのいないところで居なくならないで。置いてかないで。一人にしないで」
 子供はとつとつと言う。
 そしてとうとう大人の腕を抱き込めてしまった。





 「あの時」から子供は泣かない。
 応えない鎧とそう仕向けた血縁者を前にしたあの瞬間から、一粒の涙もこぼさない。

 大人はため息を吐く。

 「人を、殺すことになるぞ」

 子供は顔を埋めたまま、頷いた。躊躇はすでになかった。
 「みんなが……大佐が居なくなるより、ずっといい。大佐が居なくなるくらいなら、何でもする」





 開戦の、数日前の出来事だった。





END.