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――大丈夫。大丈夫。大丈夫だから。
受験生苦
エドワードはあてがわれた個室のベッドの上で、大の字に寝転がって思考していた。 明日は国家錬金術師になるための実技試験がある。自分の錬成方法を見せられるから、最もアピールすることができる。そう考えて、今日の筆記試験を思い出した。
最悪だった。用意された問いの全てに目を通すことさえできなかった。オレが解答できたのはせいぜい六割ほどだった。
一人にされて、自己分析を始めると意外なことに気が付いた。 おそらく自分は打ちのめされているのだ。オレには錬金術があると思い上がっていたのかもしれない。 それこそ、生まれた時から錬金術に囲まれた環境だった。物心付く頃には錬金術に関する情報は刷り込まれていたようなものだったし、実践的な錬金術書だって絵本を見るような感覚で読んでいた。いつでも生活の中には錬金術が混じっていたし、それが当たり前でもあった。
暗闇から抜け出し、希望を掴む方法を提示された時。それには国家資格が必要だと言い渡された時。 錬金術師になれと言われて、安堵した部分があった。 ――錬金術なら、やれる。 そう、思ったんだ。
『母さん』を作って、アルの身体を失って、ぶつりと何かが切れてしまったオレ。 本当に壊れてしまった人間なら、可能性を示されたって立ち上がれないと思う。 アルを元に戻してやりたいと思っても、本当にだめになったのなら錬金術以外の方法を探すと思う。
でも、オレは錬金術を続けた。続けられたんだ。 自分のこの手が作り出してしまった『モノ』を直視して、自分が犯してしまった罪を認知して。それでもオレは錬金術を止めなかった。手離したくなかった。 ――錬金術は母さんを喜ばせられる、唯一の方法だったんだ。
それだけ思い入れが強くて、力があると思っていて、嫌いになれなかった錬金術。それなのに、胸を張って答えられない問題があった。 錬金術なら誰にも負けない自信があった。本を読み出したら幼なじみや弟が呆れるほど周りが見えなくなって、弟と議論したら二日だって三日だって止まらないくらい好きだった。それなのに、答えられなかった。 生活も思考回路も常に錬金術に関わっていて、自分の一部のようにも感じていた。学校の勉強がよく分からなくても、錬金術に関係すれば理解できた。
オレには錬金術があると思っていた。錬金術ならできると。 思わぬ壁にぶち当たってへこんでいるのだ。ああ、オレらしくもない!
コンコン、とノックの音がした。 「私だ」 扉を挟んで知っている声がした。エドワードが返事をするとドアが開いた。 ロイ・マスタングという変わった軍人は、青い軍服に黒いコートを羽織った出で立ちで、軍靴を鳴らして入ってくるとエドワードの顔を眺めてにやりと笑う。 「どうした? 顔色が悪いぞ」 「……別に」 短く答えたエドワードに、ロイは壁際に置かれた椅子に座った。ベッドに腰掛けているエドワードと向かい合う格好になる。 気まずくて、エドワードは視線を窓の外にやっていた。会うのは二回目だ。この大人の何もかもが分からなかった。
「出来がよくなかったのか?」 「は?」 「試験だよ。今日の筆記」 図星にエドワードは思わずロイの方を見た。わずかに寄せられた眉と落ち着いた声に責められているような気がした。 『んな事あるかっ。オレを誰だと思ってやがる!』 それくらいの強がりを言いたかった。でも現実は全然違う。せっかく推してくれたのに、と思った。
「……うん。撃沈。……やっぱ、こんな子供推さなきゃよかったって思う?」 エドワードは視線を外して、俯いた。 「そんなに難しかったのか?」 「書いたの半分ちょっと。全部に目を通す余裕もなかった」 ロイが息を呑む気配がして、エドワードは落胆に饒舌になる。 「オレさ、錬金術ならできるって思い上がってたのかも。誰にも負けない自信があった。でも今日、痛い目見た。多分結構ショック大きいんだ。名前しか知らない他人にこんなことしゃべってんだ、かなりへこんでる」 エドワードは腰掛けたまま足をぶらぶらと揺らした。
無意識の子供らしい動作に、ロイはふむ、と頷いた。 「名前しか知らない、とは私のことか。では誕生日も教えてやろう。いや、好きな食べ物の方がいいか? ……とにかく、明日は実技だ。君が一番アピールできることだろ……」 「あーもー。だからっ、今日の朝までは『オレには錬金術がある』って思ってた。でも今はそう思えない。オレの錬金術は、オレがやってきたことは通用しないかもしれないってすごく不安なんだよ! そういう慰めすんな!!」 若干潤んだ瞳でエドワードはロイの顔をキッと睨みつけた。単なる八つ当たりだった。どうしようもなかった。
「君なら大丈夫だ。別に私は根拠なく言っているわけではない。もっと自信を持ってやりなさい」
微笑を浮かべて頭に手を乗せてきたロイに驚く。 「君が今まで学んできたこと、これからやるべきこと。それがしっかりと決まっていれば問題ない。君は自分で思っているよりも、錬金術師なのだよ」 クシャリと髪を乱されて、けれどもエドワードは与えられた言葉を必死で咀嚼して飲み込もうとしていた。見開かれた瞳が、黒を捕らえる。
見放されると思った。全然上手くできなくて、ただでさえ子供というハンデを負っているのに。弱音を吐いたら「そうか」と捨てられると思った。やはりこんな子供を推挙するなど、馬鹿なことだったと。 そんな現実はどこにもなかったけれど。
「今日はもう休みなさい。眠れないのなら、私は突き当たりの部屋にいるから。今日のことは気にしなくていい、明日君らしくということだけを考えたまえ」 微笑みを残して、名前と好きな食べ物しか知らない他人は部屋を出て行った。
なぜだかものすごくほっとして、エドワードは再びベッドに寝転がった。
END.
=おまけ=
「さすがマスタング君、このような稀有な人材をどこで見つけてきたのかね?」 「ははは。それは内密に」 「おお、実技試験も随分と話題になったが、筆記も…これは」 「解答が六割を超えるなど、初めて見ますね」 「そうですね。通常はせいぜい四割ですから」 「そういうマスタング君はどうだったのかね?」 「いえいえ、彼ほどではありませんよ。まあ、半分ほどでしょうか」 「それではじき、最年少の国家錬金術師が誕生することになるのだね」 「将軍にそう言っていただけるとは。……そういうことになるでしょうね」 |