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ロイはその時、ちょうど視察を終えて司令部へ戻るところだった。ハンドルはヘビースモーカーの部下に任せ、自身は後部座席で襟元をくつろげる。
立ち上る細い煙と少し騒がしい市民。
何かあったなと確信し、すぐに公衆電話から副官へ繋いでもらう。下手に出所の分からない噂を聞くよりもよほど正確な情報が得られる。 電話越しにあちらも少し浮き足立っているらしいことが分かり、彼女の声音も固かった。
「テロか?」 「おそらく。場所はマーケットで負傷者が出ています。市民筋で車が数台炎上しているとの目撃情報があります」 「ああ、ここからも煙が見える。私はハボックを連れて現場へ向かう」 「分かりました。それから未確認ですが発砲もあったようです。十分にお気を付けください」 「努力する」
あんしん
道路の混乱で少し時間を食った。現場に着くと、すでに憲兵や軍人がちらほらと見える。 ロイはハボックを放し、軍人の一人を捕まえて状況を聞き出した。 負傷者は皆病院に運ばれ、最終的な数は二十人前後。重傷者もいるらしい。死亡者は自爆した犯人ら三人のみ。爆破された車両の消火作業はそろそろ終了。私の出る幕はないようだとロイは息をつく。
そこにハボックが戻ってくる。
「大佐、ちょっと嫌な話を小耳に挟みました」 「何だ」 「一般人の負傷者が数名いたようなんですが、一番最後に搬送されたのが金髪の子供だったと」 眉をひそめた上司にハボックが続ける。 「髪は短かったというので大将ではないと思います。どうも自分も怪我をしているのに他の人を先に運べと騒いだとか」 「どこに運ばれたか聞いたか?」 「負傷者は全て軍病院に搬送されたと。行ってみますか?」 「……鋼のに連絡を取ってみる」 公衆電話を探そうとしたロイを止める。 「自宅には繋がりませんでした。今日は大学も休講だって言っていたんスけど」
「病院に車を回せ」 「了解」
院内はまだ慌しさが残っていたが、とりあえずは収束に近い。 ロイはハボックを引き連れて受付を過ぎた。看護師に尋ねると、最後に運ばれていた患者をよく覚えていた。 金髪の青年で肩を被弾し、出血が多く、着いた時には意識がなかったこと。今頃は手術が終わっているだろうということ。 そして、付き添っていたという彼の兄を名乗るもう一人の金髪の青年。
二人の軍人は奥へと急いだ。
通されたのは病室ではなく、病室に隣接された医務室。 中に入れば椅子に腰掛けた医者と、ベッドに横たわったエドワード。やはりそうだった。 「おい、大将も怪我したのかっ?」 すっ飛んでいきそうな狼狽の仕方でハボックが情けなく言う。 青白い顔でぐったりとしていれば、そうも思う。けれども、エドワードは笑った。 「違う違う。アルの手術に使う血が足りなくなったから、オレのを採ってもらったの」
「怪我をしたのはアルフォンスの方か」 口を開くのも億劫そうなエドワードに代わり、医者が説明する。 「左肩への被弾と、頬の擦過傷です。弾も取り出しましたし、命に別状はありません。こう言っては何ですが、当たり場所がよかったので後遺症の心配もなく、回復も早いと思います。今は隣の病室で眠っていますよ」 医者はにこやかに笑った。 「それにしても、エルリックさんにはお世話になりました。アルフォンス君は一番最後に搬送されたので、輸血パックのストックが足りなくなってしまったんです。その時エルリックさんが申し出てくださって」
「大将が寝てるのは貧血っスか?」 「ええ、通常は数人から少しずつ採血するものですが、型が少し珍しくて。ぎりぎりまで採って構わないというエルリックさんの好意をお受けしたんです。実際血液がなければ手術を途中で止めるしかありませんでしたから」 「大将、お疲れさん」 「アルのためだからな」 ハボックがねぎらうように頭を撫でると、エドワードは目を閉じた。 「それでは、私は少し病室を回ってきますので」 「ええ、私達もすぐに退出します」 ロイはおもむろに車を出す用意をしてこいとハボックを追い出した。
「鋼の。今日はどうする?」 家に戻るなら車で送るが、と言う。 エドワードは薄く目を開ける。視線が合わさった瞬間、揺らいだように見えた。 「やはり今夜はここに残るか?」 尋ねると、エドワードは小さく頷いた。 ロイは微笑すると、近寄ってエドワードの頭を撫でた。 「他の負傷者を先に運ぶように言ったと聞いた。おかげで今回一般人に死者は出なかった」 エドワードはその手を避けるように身体を反転させ、顔を枕に押し付けた。 「オレが言ったんじゃない。……アルが」 身体を丸めるのは癖のようなものだ。本人は気付いていないだろうとロイは思った。 「そうか」 「調書作るんだろ。今から司令部に行こうか?」 ふてくされて態度でエドワードが言う。 「いや、もう少し落ち着いてからでいいよ」 「……落ち着いてるよ。貧血だけだし」 「肉体的にじゃない。精神的にだ」 肩が僅かに跳ね上がった。ロイはわざと言い放ったのだ。
「じゃ、」 「ん?」 「話、聞いてくれよ」 「私が聞いてもいいのなら」 「……怖い夢は誰かに話してしまえば怖くなくなるし、嫌なことは口にしてしまえば楽になるって誰かが言ってた」
エドワードは顔を壁に向けたまま、とつとつと喋り出した。ロイはそれを黙って聞いていた。 「大学が休みで、アルと買出しに行ってたんだ。たまには二人で出かけようかってアルが」 「それで市に」 「買うもの買って。最後にオレ、古書店に寄らせてもらって、その間アルは荷物を置いてその辺見てくるって」 「あの時は別行動だったのか」 「うん。爆発があって、すぐに飛び出してアルを探したんだけど、周りはみんなパニックになってるし、車も燃えてて燃料に引火したりしたら大変なことになるから、とにかく何とかしなくちゃって思って」 アルはきっと大丈夫だからって自分に言い聞かせた。
「公衆電話が見つからなかったから、近くの店に軍に連絡するように頼もうと思ったんだ。そしたら、そしたら……アルが」 折り曲げられていた腕に力が入り、足が僅かに寄せられた。ケットをかけてあるだけなので、動作は顕著にあらわになった。 「アルが、倒れてて。血まみれで」 掠れた声で、一息に込められた呟き。 「止血しようとしたらあいつ近くにいた女の子を先にって。その子、頭から血が出てたんだ。親とはぐれたみたいで泣いてたし。その子に構ってるうちにアルは近くの人にけが人はいるかとか、どの程度なのか聞き出してて。おかげで軍が来たらすぐにみんな運ばれてった」 アルフォンスの行動は褒められるべきことだが、重傷度を考えれば彼はもっと早く搬送されてよかった。現に、手術用の血液さえ足りなくなった。 分かっていれば手配の仕様もあるのに、アルフォンスが着いてからでは遅すぎたのだ。
「搬送用の車の中でもアルの血が止まらなくて。意識もなくすし」 小刻みに震えているのに気付いて、ロイは目を伏せた。 さぞ心寒く思ったことだろう。たった一人の弟。家族。 彼らの絆は恐ろしく深いものだから、それを失いかけて酷く驚いたのだろう。 「オレ、もう怖くて。怖くてどうしようもなくて」 落涙も仕方のないことだ。 それだけの思いをしたのだ。エドワードはきっと今の自分を恥じているだろうけれど。 「アルが死ぬんじゃないかって。怖くて怖くて。大丈夫だって言われたのに、本当はまだ安心しきれてなくて。今だってそばにいたいのに、あいつの姿見て安心したいのに、でも何だか怖くて。隣にいるのに、行けなくて」
ロイは呆れた。 「では手術が終わってから一度も病室に入ってないのか?」 遠慮がちに頷きがあった。 「全く。君は世話が焼けるな」 ロイは微苦笑するとエドワードにゆっくりと起きるように促し、自身は背を向けた。 「何?」 エドワードは突然の奇行に目元を擦りながら尋ねた。 「アルフォンスの所へ。……君はお姫さま抱っこをご所望か?」 「っいい! 行くなら自分で……」 噛み付くように言って、床に下りた足がふら付く。座り込みそうになるのを必死で阻止しているのが見え見えだ。痛みを堪えるように頭に添えている手に、ロイはため息をついた。 「本当に酷い貧血だな。ほら、まともに歩けもしないのだから、こういう時くらい素直に大人の言うことを聞きたまえよ」 エドワードはしぶしぶと腕を伸ばした。 人一人背負ったロイは、やはり機械鎧の重さは相当だったのだなと妙な感慨にふけっていた。
部屋に入ると一つだけのベッド。小さな個室だった。 「安心したかね?」 丸椅子に座ったまま、エドワードはアルフォンスを凝視していた。 規則正しく上下する胸。腕を取ればその温かさも確かめられるというのに、エドワードはそうしようとしなかった。 見かねたロイがアルフォンスの、点滴の針が刺さっている方とは逆の腕を引き出した。 「脈も安定している。眠っているのも麻酔が切れていないからだ。明日になれば意識も戻る」 エドワードの手を取り上げる。一瞬だけ引こうとする感覚があった。それを無視して、アルフォンスの手を握らせる。 はっとしたように、エドワードは両手できつく握り込んだ。
「……あんしん、した」 「それはよかった」 そう言って、ロイは部屋をそっと出て行った。
END. |