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執務室に着くなりエドワードはトランクからやや厚みのある封筒を取り出し、それを投げつけるように渡した。乱暴というか粗雑というか。
「はい。じゃあ仮眠室借りるから。アルはここにいるんだろ?」 「んー、ホークアイ中尉がいいって言ってくれたら、ハヤテ号と中庭にいるかもしれない。どうせ夕食は司令部で食べていくんでしょ。時間になったらボク、起こしに行くから」 「あーよろしく」
答えるエドワードの声にいつものきっぱりさっぱりとした感じはなく、いかにも眠そうだった。動作もどこか緩慢だ。 パタン、と珍しいほどに静かに閉められたドアに、面々が顔を見合わせた。
踏み込むには覚悟が必要 前
「……何か、調子狂うなあ」 「アルフォンス、鋼のは一体……まさか体調を崩したとか、悪い物を食べたとか、昨夜も徹夜したとか」 アルフォンスは延々と続きそうな推測を止めさせ、逡巡した。 「何て言っていいのか……」 言葉を濁しているところに新しくドアが開き、トレイを抱えたホークアイが現れる。ホークアイは部屋を見、一人欠けていることに気が付く。 「あら、エドワード君は?」 「仮眠室だよ。随分眠そうな様子で、一言二言アルフォンスと喋って行ってしまった」 マスタングが不機嫌な様子で、けれども心配するように言った。『アルフォンスと』を強調した辺り、ろくに会話してもらえなかったことに拗ねているらしい。 「昨夜は徹夜だったのかしら?」
エドワードが司令部の仮眠室を使うのは珍しかったし、ましてや自ら進んで利用したことなどない。弟の進言で、大人が無理やりベッドに放り込むのがいつものパターンだった。仮眠室は落ち着かなくて休まらないというエドワードに、仕方なく心地の良くないだろうソファとケットを貸し出したこともある。
エドワードは大抵どこでも眠れると豪語していたが、司令部だけは別だ。人の気配に敏感なこともあるかもしれないが、自分に近付く人間が民間人か軍人かだけでも大きな違いだ。軍人のまとうものは時々酷く殺伐としていて、一度それに気付いてしまったら、再び眠りに落ちることは難しい。
「徹夜だったわけじゃなくて、体調が悪いわけでもないんです。説明に困るんですけど、『睡眠と摂食が足りないと生命活動に支障をきたす』ということみたいで。最近はずっとこうなんです」 「今更か」 今まで徹夜はする、食事はし忘れるを繰り返し、周りはほとほと困っていた。本人は全く頓着してくれないから、それはいたちごっこのようだった。こっちが何を言ってもはいはいとエドワードは頷いて終わりだ。 「身長の伸びが芳しくないのも睡眠が足りていないからじゃないのか」とからかっても、効果があるのは数日だけ。また昼間にあくびをこらえるような生活になっていた。 あんなに注意しても生活を改善しなかったエドワードが、最近は生活態度を改めているというのは驚きしかない。一体どういう経緯があったのか、大人達は聞きたがる。
「それは兄さんに聞いた方がいいですよ。ボクは直接見てないわけだから、話だけ聞かされてもよく分からないし。まあ、答えてくれるかどうかは保障できませんけど、大佐が聞けばあるいはね」
首を傾けて意味深な様子で言ったアルフォンスは、すぐにホークアイからハヤテ号と中庭で遊ぶ許可をもらって、出て行った。 「どーゆーことっスか?」 そのまま休憩に突入した大人達は、それぞれしきりに首を傾げていた。 「さあな」 マスタングはそれだけ答えたが、結局午後は仕事が全くはかどらなかった。
日が暮れかけると、アルフォンスがハヤテ号と一緒に戻ってきた。大人達を悩ませる発言をした当人は全く解していないようで、呑気なものだ。
そろそろ起こしてこなくちゃ、というアルフォンスだったが、その必要はなくなった。 エドワードがすっきりとした顔をして、ドアを開けたからだ。満足するまで眠ったらしい。アルフォンスを確認すると、そばにいたハボック達にも食堂に行こうと誘う。 「もう仕事は終わりだろ? 食いに行こうぜ」 「鋼の。それは私への当て付けか。そしてハボック、今すぐ離れろ!」 腕に抱き付かれているハボックを睨みつける。要は嫉妬とか独占欲というものだ。 「だって大佐が食堂使うとみんなゆっくり飯食えないんだもん」 上官がいれば当然だ。緊張の余り喉を通らない者もいる。そんなんで軍人が務まるかというのは上司の一方的な言で、下仕官からすれば失態を犯さないようにと必死なのだ。
「じゃあいいよ。大佐も来たいんなら来れば? ごめんなー少尉」 ハボック達は首を横に振って否定する他ない。
食堂に着くと席を陣取りして、さっさと注文をしに行く。マスタングが現れたことで少しのざわめきと緊張が走ったが、来てしまった上官に文句を言うわけにもいかないので、誰も何も言えなかった。
「アルフォンスにも聞いたんだが、体調が悪いわけではないんだな」 その食べっぷりを見ると。 一同が納得する。エドワードは当たり前だろうとだけ答えて、料理を口に運んでいく。心なし、いつもよりもペースが早いような気がする。 「おかわりしてくる」 そう言って早々に立ち上がったエドワードを、面々が唖然として見送る。 「……アルフォンス君、これも問題ないのかな?」 フュリーが恐る恐るといった様子で尋ねれば、アルフォンスははい、と頷いた。
「何?」 戻ってきたエドワードは、その向けられる一種異様な視線に眉を寄せた。 「いや、気にすんな大将」 「そうそう、成長期だなーって話」 『成長期』というエドワードにとっては極上の褒め言葉に、てっきり満足げに笑みを浮かべるかと思われたが、以外にも苦笑するだけだった。 大人達はまたもや顔を見合わせるしかなかった。
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