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踏み込むには覚悟が必要 後
「そろそろ宿に行こうか、兄さん」 一端執務室に戻った面々は帰り支度を始めている。 「兄さん?」 見れば、エドワードはソファになだれ込んでいる。唸るようにして答えてはいるが、身体を起こす様子はない。 「兄さん、大丈夫?」 「どうかしたのか?」 マスタングが気付いて近付けば、エドワードはアルフォンスの手を借りてやっと起き上がった状態だった。どこか具合が悪いというわけではないらしい。
「なんでも、ねぇ」 その声音に、呆れ返る。 「眠いのか?」 先程、あれだけ寝たのに。 「うるせー。アル、わりい。トランクたのむ」 「しょうがないよ。ボクおんぶして行こうか?」 「やめろ。あにのいげんにかかわる」 抵抗しつつ立ち上がるが、よほど眠気が強いのか、ふらついて危ない。ハボック達もその様子に違和感を覚える。
「鋼の、一体どうしたんだ。その状態では危険だ。今日は近くの官舎に泊まれ。手配するから、それまでそこで寝ていなさい」 「ちくしょ。おせっかいやろう」 エドワードは観念したのか、倒れこむようにしてソファに逆戻りする。アルフォンスが礼を言って、トランクを床に下ろした。 マスタングが電話をかけている間にホークアイがケットをエドワードに掛け、ハボック達はどことなく心配しつつ退室する。どうせ明日も会えるのだ。何かあれば明日兄弟の方から話してくれるだろうと。 「それでは大佐、エドワード君達をよろしくお願いしますね」
「すぐ使えるようだ。行こうか。鋼の」 声をかけてはみるが、全く反応がない。いつもなら年よりも幼い顔つきで眠っているのに、まるで人形のような感じがする。どことなく無表情なのだ。 「すみません、ボクがおぶって行きますから」 アルフォンスが申し訳なさそうに言うのを止め、マスタングが力の抜けた小さな身体を背負う。見た目よりも重さがあるのは当然だ。片腕片足が鉄の塊なのだから。
エドワードは途中一度も起きることなく、官舎の硬いベッドに横たえられた。アルフォンスが手際よく靴を脱がせ、手袋も外す。 「手馴れているな」 「最近ですよ」 アルフォンスは笑って、そしてふと視線をエドワードからマスタングへと移した。
ともすれば射抜くような強い瞳がアルフォンスを捕らえて放さない。 ああ、この人は訊きたいんだな。 瞬時にそう思い当たる。この大人は自分たち兄弟のことを気にかけてくれているから。それに兄は度々無茶をやらかすし、弟は常々無言で誤魔化すことをするから。 「…………」 アルフォンスはいつも通り無言を選んだ。相手の期待を感じ取れたからといって、わざわざ都合のいいようにこちらが協力してあげるなんて馬鹿らしい。
これが一種の自己防衛になっていることも否めないので、大抵の場合こうなったらマスタングの方が視線を外して諦める。どうせ次の機会に今度はエドワードに訊けばいいだけだ。 エドワードは隠し事が下手だし、話せないことは話せないとはっきりと言う。アルフォンスの場合はそれすら読み取れないので、マスタングはその点だけは苦手だった。
けれども今日は違った。 「鋼のは、どうしたんだ?」 珍しいなと思いつつ、アルフォンスは用意していた答えを口にする。 「明日兄さんに訊いたほうがいいと思いますよ。昼間も言った通り、ボクは直接の原因になっているものを見ていないんですから」 「君の知っていることだけでもいい」 食い下がるマスタングに、経験上今度は自分が諦めなくてはならないのだと分かっている。
「本当に、どう説明すればいいのか」 アルフォンスが少しだけ考え込む仕草をした。マスタングは急かすこともなく、じっと待つ。 「大佐なら分かってくれると思うんですけど、ボクらの精神がリンクしているようなんです」 「精神が?」 「ええ。ボクら二人は一端分解された。その過程で混線してしまったらしくて、あちらにあるボクの身体を兄さんは見たというんです」
「それで、ボクの身体って栄養も睡眠も摂っていない状態でしょう。一体どうしようと思っていたら、どうやら混線の影響で食事や睡眠は兄さんが肩代わりしてくれているらしいと」 マスタングは驚いて言葉がなかったが、それは表情に出さなかった。 「随分寝汚いなーとは思ってたんですけど、ボクの分だったみたいです。今までも眠気が強いことがあったようなんですけど、兄さんあの性格だから本に没頭して眠らないようにしていたらしいんです。でも、眠いのはボクのためなんだって知っちゃったら我慢しなくっていうか我慢できなくなったみたいなんです」
「兄さんがね、ボクの身体がガリガリだったって、もうすごい剣幕で」 「君のための食欲と睡眠欲なのか」 「兄さん、自分のことだと頓着しないのに」 「まるで惚気だな」 「まあ、そういうことなんです。ボクはちょっと嬉しいとも思うんですけど、兄さんは始終食べなきゃ寝なきゃって思っているみたいです。眠気も我慢できないみたいだし」 ボクはボクの身体を見ていないので兄さんの訴える危機感にもいまいちピンとこないんです。
アルフォンスはそう締めくくって、「疑問質問は兄さんに聞いてください。ボクは答えようがないですから」とさばさばとした様子で言った。 マスタングが困惑の表情をしたのはほんの一瞬のことで、すぐに切り替えた。 「あの子は話してくれるだろうか。そんなに君達に関わる事柄を」 エドワードは一度「話せない」と言ったら、絶対に話してはくれない。 「大丈夫ですよ。単純だから真正面から尋ねられたら真正直に答えるしかできないんです」 「鋼のはそんなに素直だったかな」
少しだけおどけて見せたが、アルフォンスは芯のある声音で言った。 「兄さん、大佐のことは信頼してますから絶対に背けないんですよ」 「……これはまた、随分な褒め言葉だね」 マスタングは少々面食らいながらも笑みで答えた。 「褒め言葉なんかじゃありません。あなたがボクらに踏み込むことに対して覚悟をしておいて欲しいということです」 突然の辛辣とも思える言葉に、一瞬間が空いた。
そうしてすぐに、マスタングは本当に嬉しそうに笑った。 「覚悟なら十分にしているよ。これでもまだ足りないと?」 垣間見える重苦しく、どす黒い狡猾なもの。普段は心の奥底に潜ませている獣がのそりと這い出してきたようだった。歴史の中の傑物達が飼いならすような獣が。 そうだった。この人はボクなんかよりも、いろんな意味でずっと危うい人だった。 「余計なことでしたね。それでは、おやすみなさい」
「おやすみ。また明日」
END. |