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いつもの書庫で、いつも通り本に埋まって、手当たりしだい読み進めていた。 この書庫は特別許可が必要でアルがいなかったからとか、オレの他は使用する人間が皆無だったからとか、そういう言い訳は後から付け足したようなものかもしれない。
本当に気付いてなかったんだ。
それをあんたは気にいらないようだけど。
懺悔室
「鋼の」 「…………」 「いないのか?」
ロイ・マスタングは薄暗く、かび臭い書庫の中に足を踏み入れる。 捜し人は本を読んでいる間、ちょっとやそっとでは周りに関心を払わない。きっともうすぐ日が暮れるということにも気付かずに貴重な書籍を読みふけっているだろう、と声を掛けに来たのだ。 返事がなくとも、彼のことだからここから離れたりはしないだろう。 そう考えて、奥へと進む。本棚の裏を覗き込むと案の定、三つ編みに結った金髪が見えた。
「鋼の」 「……んー」 「鋼の、」 答えたかと思えば、空返事だ。名を呼ばれたことに対する反射でしかない。 少し強く言うが、効果は薄い。 仕方なく回り込んで、その手から古ぼけた本を取り上げた。
心地良いほどの無音。 がさがさの黄ばんだ紙の上に踊る文字を目で追う。 後少しで何か思いつきそうだという気がしていた。もう少し、とそこで文字は踊るのをやめた。
「鋼の、」 正確には本を奪われたのだ。いつの間にかいた上司に。 「あ、何すんだよ!」 手を伸ばすと、大佐は不機嫌な顔をした。何かやったかな? と一瞬焦って思い返すが、これといって騒動を起こした覚えはない。
「鋼の、一人で泣くのは止めなさい」 「?」
何を言っているのか分からなくて、首を傾げる。すると大佐が無地の手袋をはめている手を伸ばしてきて、指で目元と頬を拭った。 そこまでされて、やっと気付く。 「……っ!?」 大佐はごしごしと痛いくらい頬を擦り、なかなか放してくれない。 「っ痛いって! ……」 必死にもがいてやっと開放される。
「…………」 「また、気付いてなかったのか?」 「…………」 「鋼の、少しは休みたまえよ」 「……あんたには関係ない」
ため息を吐く。実は無意識に泣いていたことはこれが初めてではなかった。 しかも、この間の時も大佐に見つけられたのだ。 自分は何の変化も感じていない。涙を流していることを指摘されて、初めて自分が泣いていることを知る。そんなおかしな癖のようなものがあると認知したのはつい最近だ。不本意ながら、これを指摘するのは必ず大佐だった。 だから、おそらくは大佐しか知らない。
「……別に、行き詰まってるわけじゃないって。悩みとかもないし。大佐が心配してることはないもないよ」 「しかし、」 「あー。何で大佐がそんな顔するんだよ」 ほんとに何でもないんだよ。そう繰り返す。
そうすれば、そういうことになる。
「……大丈夫。アルには言うなよ」 っていうかアルがいれば多分こういうことにはならない。 「私はそんなに頼りないかね?」 何でそうなるんだよ。 「あんたに頼ったってしょうがないだろ」 大佐が酷く傷ついた顔をする瞬間、顔を背けて見ないようにした。 「一人で抱え込んでいても仕方がないだろう」 だったら、一体誰を責めれば良いんだよ。結局は堂々巡り。自分を責めて責めて、追い込むことしかできないじゃないか。 これは、オレの罪なのだから。
「……他人に押し付けられるほど、無責任にはなれない」 そう言ってオレは大佐の後ろ側ににじり寄って、背中合わせに落ち着いた。 「私は……君にとって未だに『他人』というわけか」 何なんだよ、こいつは。 「……。大佐、今日なんだか卑屈すぎねぇ?」 声が振動になって、背中からも伝わってくる。 ごくたまに、の誰かの体温は心地良い。 「君のせいだよ」 拗ねたような口ぶりは、まるで子供のようだ。 「……だって、オレって大佐からもらってばっかりじゃん。もらいすぎて返せなくなるの嫌だし。借り作ったままってのも癪」 これは本音。 「……だったら、せめて一人で泣くのは止めてくれ。つらいと感じたら、少しの間自分以外の誰かに寄りかかってみなさい。それはアルフォンスでも構わないが、できれば彼ではない方がいい。彼は優しすぎて酷く心配するだろうし、君はそうされるのをよしとしないようだから」
すごく納得したくなかった。けれども、すとんと何かが収まった。 ……自分以外の誰かに寄りかかってみる。 それは実際にやってみるというわけではなくて、精神的なことを指しているのだろう。しかし、ちょうどよく好都合な状況だ。これは。 試してみるのもいいかもしれない。
「……だったら、だったらさ。……ちょっとだけ、何も見ないふり、聞かないふりしててくれよ」 「ああ」と戸惑いを含んだ承諾の言葉。 それを聞いて、そろそろと体重を預けていた背中から離れる。上半身を捻らせて、しがみつく格好でその大きな背中に額をくっつけた。
途端に熱いものが溢れて、頬を濡らして床に落ちる。 そうしてやっと自分が泣いていることを自覚した。
END. |