決して、
 あんたが悪いだとか、軍人のくせにだとか、
 そんなことは言わないけれど。

 「あんたさあ、気分悪いなら医務室行けよな」





 トラウマ





 「そうさせてもらう」と紙みたいな顔色をして、眉間に皺を寄せて大佐が出て行った。
 足元がふらついていた。中尉を窺うと、悲しそうに困った顔をして微笑んだ。
 「少しの間でいいから付いていてくれないかしら。毎度のことなのよ」
 「……いるだけでいいの?」
 「『あの場』にいなかった人の方がいいと思うの」
 曖昧に頷いて、大佐の後を追う。



 「何が悪かったの? 花火の火薬? 破裂音? 人込み?」
 今日は市街地でお祭りがあった。花火も鳴ったし、屋台もたくさん並んでいた。
 しかも、大佐は警備のためにさっきまで街にいた。大佐の様子がおかしくなった原因はその中にあるはずだ。
 「……知ってどうする」
 「次からはあんたが近付かなくて済むように気を付ける」
 「気にするな」
 医務室のベッドに横になって目をつむったまま、大佐が答える。いつもの調子なら絶対何か言うはずなのに、今日は脇の椅子に腰掛けていても「出て行け」も「うるさい」も言わない。

 「なあ、何がだめだったの?」
 「……焼き鳥屋か、バーベキュウをやっていた屋台か。だと思うが」
 「…………」
 唇を噛む。

 「自分でやったくせに、軍人のくせに、と笑って構わ……」
 「それ以上言ったら殴るぞ」
 「やはり人間とは違うがな、肉の焼ける匂いは何年経ってもだめらしい。あの時は唇のべたつきくらいしか気にしなかったがね。おそらく感覚が異常になっていたんだろうな。……吐きそうだ」
 殴りかけていた拳を引っ込める。あたふたとすると、まだ大丈夫だと笑われる。

 「あんた寝られるんなら、寝た方がいいよ。薬は? 飲んだ?」
 「さっき飲んだ。すぐに効き始める」
 「何か要望は?」
 「珍しいな。君がそんなことを言うのは」
 「っ、いいから!」
 では、と大佐が逡巡する。

 「……では、もし私に時間をくれるなら……」
 「さっさと言えってば」
 「……本を読んでいてもいいから、……そばにいてくれないかな」

 「お安い御用で」





 身体の傷は目に見えるし、治っているのか膿んでいるのか分かるけれど、心の傷はいつになったら消えるんだろう。
 あまりに厄介すぎて、オレにはどうすることもできない。
 それが悔しくてたまらない。オレにできることといえば、こうしてそばにいることだけ。





END.