| オレの手足を取り戻すのは二の次だ。 アルの身体を取り戻せなければ意味がない。 あの笑顔を、もう一度。 ΕΚΤΑΣΙΖ ΑΠΟΙΝΑ ――エクタシス アポイナ―― アル。アルフォンス。 「何? 兄さん」 、アル。 「どうしたの? ここにいるって」 困ったような声が耳朶を打ち、温かさが指先を包む。そこでようやく目を開けた。 薄暗い中で、アルフォンスが覗き込んでいる。 鎧ではない、アルフォンス。少しだけ成長し、十七歳という年相応の顔立ちをした少年。取り戻したのだ。弟の身体も、自分の腕も。だから握られた指がこんなに温かい――。 目をしばたかせた。首をめぐらせ、自分がベッドの上に寝ていることを理解した。 そうだ。 師匠の家。今はここがオレの家。師匠に招かれてダブリスで暮らすようになって、随分経つ。 「アル? どうかしたのか……ってうわ、もうちょいで四時だし」 枕元の時計を見て、エドワードは言う。窓の外はもうすぐ白んでくるだろう。 アルフォンスが眉を下げて微笑む。 「うなされてたから。……嫌な夢でも見た?」 アルフォンスはエドワードの手を握ったままだ。エドワードは上半身を起こすと冷や汗ともいえる寝汗をかいていることに気付く。 「……覚えて、ない。……わる、かったな。起こしちまって」 エドワードは梳かれた金髪の頭をがしがしと掻いた。気まずいことこの上ない。 エドワードがうなされて、アルフォンスが起こすのはこれが初めてのことではない。二人で旅をしていた時にもあったし、再度人体錬成を試みてからは頻度が増えた。 「ほら、もっかい寝よう。寝不足だと師匠が心配するよ」 そう言ってアルフォンスはエドワードのベッドに潜り込んでくる。アルフォンスはベッドはすぐ隣りだ。それでも毎回、こうしてうなされていた後には小さい時のように二人で寄り添って眠る。 「アル」 「何? 兄さん」 背中で体温を感じ合いながら、しんと静まり返った部屋の中で小さな呟きが交差する。 「……夢じゃ、ないんだよな」 「夢じゃないよ。ボクの身体は兄さんが取り戻してくれた。ボクはここにいる」 アルフォンスがゆっくりと噛み締めるように言う。 背中から伝わってくる温かさが、痛いほど嬉しい。 これが現実だと信じられない。 自分の都合のいい夢を見ているんじゃないかと怖くなる。 すごく、怖い。 明日の朝、目が覚めたらまた鎧姿のアルが 『そろそろ起きないと列車に乗り遅れるよ』 なんて言って。 天気が崩れると腕と足が痛くて。 司令部に行ったら、いつもの連中が出迎えて。 大佐が中尉に怒鳴られていて。 よく考えると怖いだけじゃなくて、嫌なことだけじゃなくて。 でも、 アルの笑った顔が見られないなら、あんな毎日は嫌だ。 アルが息をしていて、食べて、寝て、笑顔で。 そんな日常があれば、他に何もいらない。 何一ついらない。 手探りでアルの手を見つける。 ぎゅうっと握り締める。 「兄さん?」 消えてしまわないように。 もう二度と手離さないように。 強く、強く握り締める。 「……全部、夢じゃないよ」 優しい声。 成長した声。 とても、安心する。 やっと睡魔が漂ってきた時、アルが何かを呟くのが聞こえた。 「……兄さんってさ。結構臆病なとこあるよね」 くすりと笑った振動が伝わってくる。 「…………」 アルは、きっと困った顔をしている。 いつまでたっても悪夢を見てしまう進歩のない兄に、愛想をつくこともできずに。 さすがに、アルの言葉に反論することはできない。 確かにそうかもしれないと今さら気付いた。 END. タイトル説明。 ギリシャ語です。ギリシャ文字とか好きなので(それだけの話)。見た目綺麗ですよね、他にロシアの文字とかも(キリル文字?)。 前半はエクタシス(延長・拡張)、後半はアポイナ(償い・贖罪)って意味です。 接続語とか文法分かりません。意味だけ汲んでいただければ。 |