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「エドワード、アルフォンス、おいで」 どこか陽気な雰囲気さえある彼に、相当酔っているのだなと思った。
似た者同士の擬似家族。
アルフォンスは生身に戻った。オレは昔とそう変わらないけれど。 変わったのは軍との関わりが薄くなったくらい。国家資格を返上すると、大佐達と会う機会はほとんどなくなった。
ロイは時々こうして兄弟を自宅に招く。いつもの面子を集めては、小さなパーティーを開いてくれるのだ。 兄弟のどちらも理由は知らなかった。けれどもみんなに会えるのは嬉しいことで、だから断る理由もなかった。図書館に入り浸って数日ロイの自宅に泊まった後、やっと故郷に帰る。 そんな小旅行を年に一、二度、繰り返していた。
片付けなど明日やればいいだろーと言われたけれども、エドワードは何となく気になってアルフォンスと食べ終わった食器を洗っていた。 酒が入って絡んでくるヘビースモーカーや辞書の内容を延々と聞かせてくる大人から逃げるためでもあった。今夜に限ってリザは妙にハイペースで飲んでいたし、フュリーにいたってはすでに潰れてしまっていた。唯一まともな状態をキープしていたのがロイとブレダだった。 いまだ未成年の兄弟は面白半分に勧められた果実酒を少しだけ飲んでいて、気分はよかったが酔っているというほどでもなかった。
夜も遅くなり、食器を片付けている間にブレダがハボック達を連れ帰った。 しばらくした後、そろそろリザを送っていかなくていいのかと聞こうとした時、ロイが二人に向かって手招いたのだ。 「エドワード、アルフォンス、おいで」
この大人は酔っていないようで酔っていたのだ。そりゃそうだ。これだけビンを空にすれば。 エドワードはためらったが、アルフォンスはリザが座っているソファの空いているスペースに座った。アルフォンスにまで促され、エドワードはアルフォンスの向かい側、つまりロイの隣にしぶしぶ腰を下ろした。
「ねぇ大佐。こうしているとボク達、家族みたいですよね」 何て事を言い出すんだと目をむいたエドワードはアルフォンスを見てため息をつく。 手に握られているのはリザが飲みかけていた酒の入ったグラス。へらへらと笑って上気した顔を見れば、酔っ払いが増えたのだと分かった。 「アル、その辺にしとけよ。二日酔いになっても知らねぇぞ」 「にーさんものむー?」 だめだ。 脱力したエドワードに、隣からグラスが押し付けられた。 「君も飲みたまえよ。ハボック達も帰ったし、少しくらい羽目を外しても構わんよ」 にやりと笑ってロイが言う。拒否しなかったのは、酔っ払いの中で一人まともな状態でいることに疲れたからだ。 ああもう。 エドワードは自棄になってグラスを一気に空にした。
取り留めのない話が続き、何を喋っているのかもよく分からなくなってきた頃、うとうとしていたアルフォンスを見かねて、リザが立ち上がった。 ケットを持ってくると、一つをエドワードに渡し、もう一つをアルフォンスに掛けた。 夢うつつな様子でアルフォンスがリザに擦り寄る。 「もうふ、ちゅういも。……かぜ、ひいちゃうから」 気遣いの言葉に、リザが微笑んでアルフォンスを引き寄せる。 「こうすれば平気ね。眠ってもいいわよ」 リザの膝に頭を乗せ、仰向けになったアルフォンスは薄く目を開ける。 「……かあさんみたいだ」 少しだけ目を見開いたリザは、すぐに微笑んでアルフォンスの頭を優しく撫でる。アルフォンスは安心したように目を閉じた。
「中尉が母さんってのはいいけどなー」 ほろ酔い気分でエドワードが隣を見やる。 「私が父親では不満か」 「別に。いいんじゃないの? 少なくとも、中尉やオレ達を置いて家出てったりはしねぇだろ」 「多分ね」 「全く、錬金術師って親になんねぇほうがいいよ。どいつもこいつも研究ばっか夢中になって。だったら最初っから子供なんか作んなよなー。愛されない子供の身にもなってみろっての」
グラスに残っていた氷が解けて澄んだ音を立てた。
「君は弟を大事にするね」 「当たり前だろ。家族なんだから」 それを聞いて、ロイは肩をすくめた。 「ずっと君がうらやましかったよ。父親に反発したり、母親や弟を愛したり」 自嘲気味な笑顔を浮かべた横顔に、ソファに寄りかかったままエドワードは正面を向く。 リザがアルフォンスの寝顔を眺めながら、微笑んでいる。綺麗だった。
「私は師弟愛しか知らないからな。なぜ禁忌を犯してまで母親を取り戻したいと思ったのか、弟を一番に優先できるのか分からなかった。そんな対象もいなかったし、いたらということも考えなかった。ないものを想像するのは難しいことだろう?」 問われても、エドワードは何と答えればいいのか分からない。 父親はいないものだったし、母親は自分を一番愛してくれる人だった。弟は守る存在で、それは母親のお腹が大きくなっていくにつれて育った気持ちだ。アルフォンスが生まれた時はもう守るものになっていた。
「……私の父は錬金術だけだった。弟子に愛をかけることはあっても、子供を気にかけることはなかったわ。後ろめたさはあったかもしれないけれど、結局最期まで私はおまけだったの」
リザとロイの複雑な関係を知ったのは、十六になる少し前のことだった。 錬金術師だったリザの父親の話を聞いたのも、ロイの生まれや家族のことを聞いたのも、その時だった。 訊いたのはエドワードで、答えたのはリザだった。内乱にも深く関わってくる昔話は、ロイを問い詰めてもはぐらかされ続けていた。 話を聞き終わって、ロイが口を閉ざしていたのはリザを気にかけていたからだと気付いた。 そしてそれ以来一度も話題に上がったことはない。 エドワードは自分が父親について話さないのと似たようなものなのだと結論付けていた。もしくは、思い出は綺麗なままにしておくためか。
「じゃあ、中尉も『愛して欲しい』とか思ったの?」 「ええ。錬金術にのめり込む父の後ろ姿を見ながら、いつも聞き分けのよい子供を演じていたけれど、本当は私を見て欲しかった」 リザがどこか遠くを見るようにして言う。
酒のせいか、眠気のせいか、押し込めていた気持ちが吐露していく。 「そうだよね。子供なんだもん。遊んで欲しいし、褒めて欲しいし、構って欲しいし、抱きしめて欲しかったんだ……」 妙に大人びた態度で瞑目したエドワードは、脇から肩を引き寄せられて再び目を開けた。 「何やってんの?」 「いいじゃないか。私達は家族みたいなんだろ? ならば今は私が父親だ。息子は遠慮なく抱き締められていなさい」 若干恥ずかしげではあったが、エドワードはくすくすと笑ってロイの腕の中に納まっていた。
「……心臓の音がする」 「当たり前だ」 「あったかい」 こちらもうとうとし始め、ロイはケットを引き寄せた。
「かわいい寝顔ですね。二人とも」 「まあな」 アルフォンスはリザの、エドワードはロイの膝枕ですうすうと寝息を立てている。 時刻は草木も眠る頃。閉められたカーテンの外も部屋の中も、しんと静まり返って、聞こえる吐息の気配は気持ちを安らかにさせた。
「家族みたい、だとさ。リザ」 昔のように名を呼んだロイはエドワードの三つ編みを梳いて、頬にかかった金髪をそっと払う。 「家族に恵まれなかった人間でさえ、集まれば擬似でも家族になれるんだな」 リザに穴が開くほど見つめられ、ロイは眉を寄せた。 「……何か言いたそうだな」 口元を押さえて、リザがくすりと笑う。 「あなたがそんなことを言うから」 リザはアルフォンスの寝顔を見守っている。
「……そんなことを言うから、本当だったらいいのになって思ってしまうじゃないですか」 優しく微笑みながら、今にも泣きそうな表情だった。 「子供は金髪がいいな。ロイみたいな黒じゃなくて。だって私の子供だもの」 「女の子よりは男の子のほうがいいな。だって門限とかボーイフレンドとか、ロイがうるさそうじゃない?」
「でも伴侶になってくれるのなら、ロイがいい」
アルフォンスの短い髪を梳きながら呟かれた言葉は、さらりとしていて、ロイは慌てて返事をした。 「おや、私は及第点かい?」 「だって、あなたなら子供を放り出してまで錬金術に没頭しないでしょ? 子供を守る力もあるし」 「光栄だね。すると守る子供はこの二人の天才達というわけだ」 大人の戯言は露知らず、二人の子供は深く深く眠っている。
「この子達はロイと同じように甘え方は知らないけれど、人の痛みもやってはいけないこともちゃんと分かっている。正義感が強くて、賢くて、家族を大事にしてくれる」 「そうだな。彼らのことだから、きっと私よりも君を大切にするだろうな」 ロイが苦笑する。 「リザの誕生日にはプレゼントを用意するのに、私の誕生日には知らん振りで……」 自分で言って落ち込んでいるロイに、リザが助け舟を出す。 「アルフォンス君なら望みがありますよ。わざわざエドワード君を引っ張ってきたりして」
二人で顔を見合わせ、ひとしきり笑う。 当てもない『美しい未来』を語っては、目を細めた。 静かに幸せそうに笑む男女とその二人に寄りかかって眠る兄弟は、その時確かに家族に見えただろう。
安らかに眠る二人の子供のために、二人は明かりを付けたまま目を閉じた。
END. 本気で家族パロ書きたくなってきた……。 |