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っかしいなぁ。 エドワードは本から目を離した。
すごい、というのが第一印象だった。 イーストシティの図書館に着いたエドワードは、まずその建物の大きさに驚いた。 すっきりとしたシンプルな外観は何かの研究所のようでもある。そう見えないのは明るい外壁の色と周りに緑が多いためだろう。 リゼンブールには図書館もなかったが、エドワードでなくとも感心する。内部は書籍がぎっしりと詰まった棚でいっぱいだ。蔵書の数は計り知れない。 地方都市でさえこうなのだから、中央はもっとすごいのだろうと思うと残念だった。
エドワードも片っ端から読み出そうとした。が、どうにも集中できないでいた。 一冊、二冊……と手に取るが、少し読んでは顔を上げる。 自分でも珍しいと思う。いつもは弟や幼なじみにどれだけ声を掛けられても気付かないのに。 そういう時、幼なじみの少女はスパナという強硬手段、実力行使におよぶ。あっという間に日が暮れることも少なくない。
けれども、今日は嫌に周囲の音が気になる。ちょっとした物音や咳払いのたびに集中力が切れてしまうのだ。 それがここ数日の慣れない生活による疲労が原因だと、猪突猛進な本人が気付くわけもない。おかしいな、と首をひねるだけだ。 リゼンブールから少ない汽車を乗り継いで、イーストシティ。そしてセントラル。試験だけでも数日かかって、休む暇もなく再びイーストシティ。疲れが溜まるのも無理はなかった。
時刻はまだ3:50。一時間と少し、余裕がある。 「……街でも見て周ろうかな」 エドワードは諦めて腰を上げた。
A
WEEK 02 ――あなたはとても気になる人 何をしていても ふと思い出す 銀色夏生 幻冬舎『葉っぱ』より引用
イーストシティはにぎやかだった。中央もそうだったが、観光の余裕はなかったのでじっくりと見て回ることはなかった。 中央よりは建物の数も少ないし、比較すれば道幅も狭かった。エドワードにとっては馬車以外の車が走っているだけで都会に映った。 大通りを通って、ゆっくりと歩いていく。道行く人々は誰も気にしていなかったが、車両が側を走り抜けていくたびに黒い微粒子と砂埃を巻き上げていた。
頭に入れた地図通りに足を動かしながら、何気なく小石を蹴った。 自分はおそらく試験に合格できるだろう。いや、何がなんでも受からなければならない。そして軍属の身になるのだ。あの男は上司になるのだろう。余裕のある嫌な笑みを向ける男の顔が浮かんで、顔をしかめた。
とぼとぼと歩きながら、思考は深くなっていく。 あの大人は今まで出会った人間と違う。好きかと訊かれれば首を横に振るだろうし、嫌いかと訊かれればまず間違いなく肯定を即答するだろう。 ただ禁忌を犯して、どうすればいいのかも分からずにいた自分を叱咤したのは結局、あの大人だけだった。手足を失ってから、怒鳴られたのも怒られたのもあれが初めてだった。
いや……と思う。 怒られたんじゃない。軽蔑されたんだ。錬金術師として最も犯してはいけない罪を犯したことを。あの大人は対等な術師として、蔑んだ。あんな哀れむようなつらい瞳をして。
でも。 でも、期待しちゃいけない。あれは軍の狗だ。オレももうじきそうなるだろう、『軍の狗』。そんなものに頼ってはいけない。すがってはいけない。これからは一人で何でもできなければならないんだ。期待したって仕方がない。 あいつだってオレが受かれば評価も上がるから、手を貸したんだろう。今でさえ大佐、というあの歳ではおかしいほどの高階級にいるのに、あいつの瞳はもっと上を見てる。それくらいオレにだって分かる。 いいようにやられてたまるか。いつか絶っ対、あのスカした面(ツラ)崩させてやる!!
って、あれ? 意気込んで右手を握り締めたところで気付いた。左右に首を動かして、辺りを見回す。石畳の薄暗い狭い道だ。どうやら考え事をしているうちに裏通りに入り込んでしまったらしい。 仰ぐと空が朱色に染まっていた。 覚えた地図と照らし合わせる。おおよそだが、自分の位置に見当がつく。とりあえずもと来た道を戻った方が早いだろうと踵を返したその時、声が降りかかった。
「どうしたんだい、ぼうや」 数人の男達がまるで面白い玩具を見つけたかのように、ニヤついていた。
ふう、とタバコの煙を吐き出して、ハボックは肩の凝りをほぐした。 書類の入った薄っぺらい大きめの封筒を片手に、大通りを歩きながら空を見上げる。綺麗なオレンジ色だ。
ロイとリザ、エドワードが駅に着く少し前に、ハボックは司令部を出た。リザは別件、と言っていたが、何のことはない。この忙しい時に休暇を取るなどと愉快でふざけたお偉いさんの一人に、次の会議で使用する資料を届けに行っただけだ。 経費削減のために徒歩で移動、そして直接許可を貰ってくる書類も一緒だったので本人を捜してたらい回しにされたために、予定よりはるかに時間がかかってしまった。
襟のボタンを外して首周回りを緩める。じゃんけんで負けたからとはいえ、こんな堅苦しい仕事は二度とゴメンだ。愚痴をこぼしてやろうと思う、ある意味変り種の普段は気さくな上司は昼過ぎに着く汽車で帰って来ているはずだ。 その変り種上司のロイ・マスタング大佐はここ数日、国家錬金術師資格の試験を受けさせる人物と受験のために中央に行っている。もちろんホークアイ中尉も同行している。何でも、大佐が推挙したらしい。珍しい。よほどの自信があるのだろう。 錬金術について詳しく知らない自分でも、国家資格を取るのはすごく難しいのだと知っている。どこがどう難しいのかまでは知らないが……。
大佐が推したのは田舎町のリゼンブール(この際、俺の故郷とどちらが田舎か比べる必要はないと思う)から来た男らしい。 確か一年くらい前に大佐(当時は中佐だった)が勧誘に行っている。その時の書類では三十一歳と三十歳のエルリック兄弟という人物だったはずだ。 今回は兄の方だけが、試験を受けるために東方司令部を訪れたと人伝に聞いている。すぐに中央に向かってしまったので、俺らはその男をまだ見たことがない。帰ってきたら紹介くらいはあるだろう。 大佐より六歳ほど年上だ。大佐が推挙した、というだけで偏ったイメージが沸く。 資格なんか取ったら、俺パシリにされかねねぇよなぁ、と顔を引き攣らせた時、ドカッという音が脇道の奥から聞こえてきた。
「………」 多分何かが壁にでも当たったんだろうな、と思う。 面倒臭い予感がする。 できれば巻き込まれないうちに早く司令部に……
「っやめろっつってんだろ!!」 声の主は幼い。 おいおい。…勘弁してくれよ。やはり喧嘩らしい。よくあることだ。 軍服を着ている身で見すごすわけにもいかないだろう。
ハボックは袋を抱え直して、横道に駆け込んだ。
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