自分を囲んだ男達は金を持っているか、だのキレイな顔してる、だのと勝手に駄弁っている。
 年は若く、多分この辺りの怪しかったり、危なかったり、いかがわしかったりする店に出入りしている奴らなのだろう。無駄にチャラチャラとしている。
 黄昏時にこんなところへ迷い込んでしまった自分が悪いのか、どうやらこれは『からまれた』らしい。

 「都会にはね。怖い人がたくさんいて、わざと喧嘩しようとしてくるのよ。大勢でつるんでるんだから、『からまれた』らさっさと逃げるのよ! 間違っても相手になんかするんじゃないわよ。あんた加減ないんだから」
 これは故郷を出てくる時に幼なじみの少女が口にした忠告だが、その最後の一言がエドワードを表している。
 やられるから逃げろ、というのではなく。
 その反撃は素人相手にするものじゃない、と。
 確か心配性の弟も似たことを言っていたような、とエドワードは思い出した。




 A WEEK  03
 ――まずいかなという思いが 心の片隅にあった
    まずいかなという思いは やがて確かなものになった
           銀色夏生 『君はおりこう みんな知らないけど』より引用





 人の間を抜けようとすっと動くと、相手がトランクを握っていた『生身』の左手を壁に叩きつけた。
 いきなりだった。
 衝撃でトランクが手から離れて石畳の地面に投げ落とされる。

 「どこに行くつもりだよ」
 「ちょうど頭にキテたトコなんだよな」
 押さえつけられた左手に目をやっていると、男達の一人がエドワードの顎を掴んだ。
 品定めするように上を向かせるが、エドワードは怯えた様子もなく、睨みつける。それが今まで被害者になった人間とあまりにも違ったためか、男達はそれぞれポケットからナイフや棒を手にしてちらつかせ始めた。

 「こいつ怖がってねーな。つまんねぇ」
 「ホラ、切られたら痛ぇだろうなぁ」
 「てめぇがどういう状態なのか分かってねぇんじゃねぇの?」
 「こんなガキじゃ、たいした金持ってねぇだろうし」
 「さっさとボコッちまおうぜ」
 刃渡りの短いナイフを頬に当てられる。タチの悪い脅迫だ。
 ここで初めてエドワードが口を開いた。

 「やめろよ」
 男達は一瞬顔を見合わせて、それからゲラゲラと下品に笑い出した。
 エドワードの左手首を握る手に力が加わる。さすがに痛みを隠すのが困難になって、低い沸点に達してしまったエドワードは怒鳴りながら容赦なく蹴りを食らわす。
 「っやめろっつってんだろ!」
 蹴った瞬間、ナイフが当てられていた頬にピッと痛みが走ったが、突然の反撃に頭に血が昇った男達の凶器を避けるので精一杯で、気にする余裕がなかった。
 得意の体術でまずナイフを叩き落とし、一番近い男の足を払って体制を崩させる。こんな奴らごときに錬金術を使いたくない、と小柄な身体を生かしての反撃に男たちがたじろいだ時、誰かが走って来る足音がした。



 「おいっ何やってんだ、お前ら!」
 エドワードはもう一発殴ろうと握っていた拳をささっと隠した。
 走って来たのが青い軍服を着た男だと気付くと、若い男達は血相を変えて逃げ出した。
 何人かは仲間を背負っての逃走になった。それをエドワードはいい気味だとひらひらと片手を振りたい気分で見送る。
 このところ身体を動かしていなかったので、すっきりした。
 男達は、喧嘩を売る相手を間違えてしまった。



 「大丈夫か」
 走って来た軍人は短い金髪で、口の端にタバコを咥えていた。
 全力で走ってきたのか、息が乱れている。何かされたかと言いかけて、頬の傷を見つけた。苦い顔になる。
 しゃがんで目線を低くすると、ポケットから少しシワのついたハンカチを取り出した。
 「悪かったな。怪我、させちまったか」
 軍人が血が滴りそうになっていた頬にハンカチを当てる。顔や指先は細い血管が張り巡っているから、傷が深くなくても血がよく出る。
 「平気。師匠に包丁投げられる方がよっぽど怖……いや、こっちの話。……ハンカチありがと」

 「お前、一人か? 何でこんな物騒な所にいたんだ」
 軍人の仕事か。
 ハンカチを押さえっぱなしのエドワードに質問する。
 「一人。図書館から歩いてきたんだけど、考え事してたら迷ったみたい」
 特に表情も変えずに答えるエドワードに、軍人があきれる。先程まで恐喝されていたらしい子供には見えない。
 「迷ったみたい…ってなぁ……」

 血が止まったか確かめながら、エドワードが言う。
 「オレ、イーストシティ初めてなんだ。今日着いたの。そういえば、あんた軍人だろ? 東方司令部ってどっち?」
 軍人が驚く。
 「……親戚か何か訪ねてきたのか? って司令部に用か?」
 そういわれれば、ガキのくせに敬語も使わない尊大さが高階級の軍人に似た頭にくる堂々とした振る舞い、に見えなくもない。
 ここは失礼な態度はマズイかも。
 軍人は一人で勝手に納得してしまうと、あっちですが、と大通りの方を指差す。

 エドワードはハンカチをポケットに入れると、トランクを持ち上げようとして……ゆっくりと右手に持ち替えた。
 「サンキュ。ところで、ロイ・マスタング大佐ってどんな人?」
 軍人がびきりと固まった。
 エドワードはそれを横目で見ながら、すたすたと足早に追い越していった。
 我に返った軍人がその後を追いかけて行く。





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 次回予告
 ――私はただ黙っていただけ あなたは勘違いをしてる
                       銀色夏生 幻冬舎『葉っぱ』より引用