ハボックは少年の後を歩いている。
 上司に用がある、チンピラにからまれていた子供だ。
 どこか異様に落ち着いた雰囲気の子供はきれいな金目金髪で、派手な赤いコートで目立つ。

 苦悩の末に、ハボックは封筒を抱え直して子供の隣を歩く。
 「あの、君は大佐のご親戚なんスか?」
 「いや、違うけど」
 無理に作ったハボックの笑顔がさらに凍りついた。





 A WEEK  04
 ――結局 言葉で説明することをよすのがいちばんだと思った
                         銀色夏生 『小さな手紙』より引用





 おいおいおいおい、待てよ。待ってくれよ。
 大佐に用がある。しかもこんな子供が一人で!
 ……親戚じゃない。
 この腹を括ったような強い瞳。何よりこの偉そうな物言い!!
 まさか、まさか、大佐のことだ『もし』があっても不思議じゃない……


 「……キミ、いくつ?」
 「十二」
 ほっと息をつく。実年齢より随分幼く見えるようだ。
 上司は女性関係が派手、とは言わないが多い。もしや隠し子? と考えつくのも無理はない。
 しかしこんな大きい子供がいるはずは……まさかその兄、とか?
 いや待て、いくらなんでも人妻には手は出さんだろう……。言い切れないところが悲しいが。
 ちらりと横顔を窺うと、きつい視線が怪訝そうに返ってくる。

 「何?」
 「あ、いや……その、トランク重くないか? 俺持つか?」
 「いい」
 何とも無愛想な子供である。
 ガシガシと頭を掻いて、なんだかなぁと思う。










 「キミ、危険人物じゃないっスよね?」
 司令部の前で尋ねられたエドワードは頷きながら首を傾げた。
 「あぁ。俺大佐の部下だから。一緒に行きゃいいんだけど、身分証明できないだろ。一応な」
 不審人物は入ることを許可できないらしい。身分証明なら大佐に話を通してもらえばいいと思っていたが、軍人はさっさと中に入って行く。
 入口の守衛と一言二言話しながらエドワードの方を指差した後、門の外にいたエドワードを手招いた。
 手間が省けたてラッキーと、エドワードは何も言わずに軍人の後を付いて行った。


 「傷、痛くないか? 先に医務室寄るか」
 「血止まったし、必要ない」
 気遣いだろうが、エドワードは素っ気無い。
 そのうち、軍人がここと足を止めて指差した。両開きの扉に執務室と書かれている。
 「只今戻りました――ってお帰りなさい。ご苦労サマです。大佐」

 部屋の中は紙で埋まりそうだ。デスクに座っているロイがげんなりとした顔で答える。副官の視線が痛い。
 「あぁ、ハボックか。遅いぞ。労わりの言葉よりもそれを持っていってくれ」ペンで指した先に重ねられた書類がある。サインをし終わった分らしい。
 その横でブレダ少尉、ファルマン准尉、フュリー曹長がせっせと動き回ったり、電話の対応に追われている。疲労困憊の様子だ。
 阿鼻叫喚の地獄絵図に一時後ろに立っていた人物の存在を忘れてしまっていた。

 「大佐、お客さんっス。……えーと、悪い。名前聞いてなかったな」
 来客の予定なんてあったかしら、とリザがポーカーフェイスで首を捻る。何だ? とメンバーの視線が集まる。
 ロイが顔を上げると、ハボックの後ろに少年が立っていた。

 「エドワード」
 ぼそり、と言う。
 他の誰かが何かを言う前に、リザが扉に向かった。
 「エドワード君どうしたの、その顔」
 どういうことなのか把握できなくて唖然としているハボック達を気にも止めないで、リザが頬の傷の具合を診(み)る。ハボックが呆けたように弁解した。
 「……若い奴らにからまれてて、少し切られたみたいなんスが。……大佐の客じゃなかったんですか?」

 やりとりを聞いていたロイが、ペンを止めて顔を上げる。そして手招きした。
 「面倒事には巻き込まれるなと言っただろうが。それで、自分の身は守れるんじゃなかったのか?」
 言われたまま歩みを進め、机の前に立ったエドワードは不機嫌な顔をする。
 リザ以外はこの少年が何者なのか分からず、ただ見ているばかりだ。

 「蹴り返した時に少し切れただけだ。このくらい何でもない」
 ロイはやれやれ、とため息をついて…ふとトランクを持つ右手に視線を注いだ。
 「…左手を出しなさい」
 エドワードは一瞬だけ苦い顔をした。この男には見抜かれたらしい。
 微動だにしないエドワードに、ロイがもう一度言う。静かだが、拒むことを許さない声音だ。

 「出しなさい」

 渋々出すと、ロイがその手を取りながら中尉、と呼んだ。
 「救急箱はあったかね? なければ医務室に連れて行ってくれ」
 何事かとハボックが近付く。覗き込んだ左手の白かった手袋の甲が、赤く汚れていた。
 「っうわ。頬っぺただけじゃなかったのか!? お前、ちゃんと言えよなぁ」
 ハボックがすまなそうに言う。ロイが手袋を引っ張って外させると、エドワードの左手の甲がざくざくと引っ掻いたように血が滲んでいた。手首には指の形であろう、紫の鬱血があった。
 先程男達にからまれた時に力任せに壁に叩きつけたれたのと、加減せずに強く握られた痕だった。



 「これでいいわ。痛む時は言ってちょうだいね」
 リザがエドワードの手当てを終えた。
 休憩しましょう、とのリザの提案で、ハボック達はそれぞれの席で紅茶をすすっている。
 ロイがソファに座ったエドワードをハボック達に向き合わせた。





next