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「……今日も一日、部屋に篭りっぱなしか……」 ロイは長い廊下をげんなりとした様子で歩いていた。カツカツとブーツがなる床が湿っぽい。
窓の外に目を向けると、細かい雨が降っている。今朝早く、日の出よりも少し前からしとしとと降り続いている。 幸い今日は外出の予定はない。(無能だ何だと/失礼な)からかわれる心配はないだろう。
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WEEK 09 ――君の行く道の細さに 手をのべて ささえたく思う 銀色夏生 『小さな手紙』から引用
「「おはようございます、大佐」」 「オハヨウゴザイマス」 「おはよう」 執務室へ向かう途中でロイは声を掛けられた。 三人の内、二人はびしりと敬礼し、残る一人は棒読みだった。 朝食を食べたところなのだとファルマンが言った。
「大佐、おはようございます。大総統府から手紙が届いております」 部屋に入った途端、リザが言った。ロイの後からファルマン、フュリー、エドワードが続いて入室する。 ブレダとハボックはすでに自分のデスクについていた。
ロイはリザから受け取った手紙を開いて、中の文面を確かめた。 一読し終えるとデスクの引き出しから発火布の手袋を取り出し、炎を発した。 手紙は燃え上がり、無駄なく灰になって灰皿に落ちた。 ロイはめったに煙草を吸わないのに、時折デスクに灰皿が用意されているのはこういう時のためである。
「何スか? 大総統府からなんて」 ハボックが煙草の火をもみ消しながら尋ねる。 「ああ。明後日に中央に行ってくる。彼の結果が出るようだ」 ロイがそう言ってエドワードを眺める。 何の心配もしていないのだろう。エドワードはロイの態度にも反応しない。 ロイはその様子を見て、ふと考えた。 彼の銘は何だろうか? この時点で、推した人物も推された人物も、不合格、という選択肢は持ち合わせていない。 イメージとしては……金髪。錬成陣なしの錬成。小さい。豆……
「今日もハボック少尉が付いてくんの?」 くだらなく考え込んでいたロイは、その声で現実に引き戻された。 見れば、エドワードがハボックに話し掛けている。不満気なエドワードにハボックとリザが答えている。 「まあ、そうだな」 「仕方がないのよ。何度も言うけれど、あなたを一人にするわけにはいかないの」 ロイは、エドワードが自分以外の誰かと関わっている姿を初めて見た。
エドワードの態度が軟化してきている……? 私にはあんな顔をしないのに。っと、そうじゃない。
「まさか今日も図書館に行くつもりなのかね?」 昨日はトラブル。今日は雨。しかもさっき…… 「当たり前だろ」 「だめだ」 ロイの突然の否定に、エドワードが言い返す。 「何で!」 理不尽さに怒鳴るエドワードを尻目に、ロイは書類の積まれた机の椅子に座り直した。指を組むのは癖だ。
「今日はここにいてもらう。君が昨日したことを忘れてしまったのか? 全く、今日一日くらいじっとしていたまえ」 ハボックがすみません、と落ち込む。エドワードを止め損ねたことを気にしているらしい。 ブレダ、ファルマン、フュリーは聞いていないふりをしながらも、ばっちり聞いている。そして、確かに人前でこんな子供にやり込められたくはないなあ、と思う。
「勝手に決めんな! 大体昨日のは……」 「まだ言うかね?」 ロイは騒ぐエドワードにため息を吐く。 そして、弱みを公言するように、ゆっくりと、指差した。 「足?」 ハボックが疑問を口にする。 リザはちらりとロイを見た。 外は雨が降っている。今日は止みそうにない。 エドワードは苦々しげにロイを睨みつけた。 「……雨の日はよくない。私の本でよければ貸してやるから、今日は大人しくしていなさい」 正しく、子供に言い諭すようだった。
ハボック達はエドワードの手足が機械鎧だと知らない。 知らない大人達は騙せても、この大人は騙せなかったらしい。
エドワードは起きてからずっと、接続部に生じる鈍痛に気づいていた。雨で気圧が変化しているためだ。 念のために痛み止めを飲んでおこうと思って、ただ一つの荷物であるトランクを探したが見つからなかった。 幼なじみに必ず持っていきなさいと言われていたのに、どうやら置いてきてしまったらしい。思い返して、多分ベッドの下にでも転がっているのだろうと思った。 あーあと思うがもう遅い。国家試験の受験で頭がいっぱいだったせいだ。きっと。
それで、結局そのままだった。特に我慢できないほど痛いというわけでもなかった。 今朝エドワードに会ったロイはエドワードの歩き方がおかしいことに気付いた。 エドワードは無意識だったが、わずかに足を引き摺っていたのだ。それをロイは目敏くみとめた。
ロイの言い方に凝視するハボックに、エドワードは何でもない、とぶっきらぼうに言って、執務室のソファに腰を下ろした。 昨日図書館から借りてきた本を取り出して、読み始める。 ハボック達は顔を見合わせたが、何も聞かなかった。
何でもない。そう言ったエドワードの瞳が、あまりに頑なだったからかもしれない。
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