昼食を挟んで三時、エドワードの集中力は途切れない。

 「……あの―……」
 フュリーが湯気の立つカップを持って困っていた。



 ロイ達は三時の休憩に紅茶を飲んでいる。
 部屋の片隅でソファに身体を埋めて黙々と読書を続けていたエドワードの分も淹れたのだが、呼び掛けに一向に反応しない。無視されたのかとも考えたのだが、どうやら違うらしい。
 おろおろしているフュリーに気付いたロイが一度「エドワード」と呼んでみたのだが、無駄だった。ロイは諦めて短い休憩時間を堪能することにした。

 「そーちょー、そいつの集中力半端じゃねぇぞ」
 声掛けたくらいじゃ気付かねぇよ。
 ハボックが開け放した窓のそばに寄りかかって、煙を吐き出しながら言う。
 ハボックは昨日、エドワードを昼食に連れ出す時に一苦労している。ふざけた調子で両手を上げ、お手上げだと苦笑した。


 「まったく」
 ハボック達の様子に、リザが嘆息する。
 弱りきっているフュリーの脇を通り、読書に没頭しているエドワードの肩を軽く叩いた。
 「エドワード君」
 肩を叩かれてはさすがに気付く。エドワードは一瞬驚いて、リザとフュリーを見上げた。

 「あ、何?」
 きょとんとしたエドワードに、今度は二人が苦笑する。
 「呼んでも気付かなかったのよ」
 「休憩です。エドワード君も、どうぞ」
 「……ありがと、」
 エドワードは白いカップを左手で受け取る。口に含むとよい香りが広がった。
 素直においしいと思った。





 A WEEK  10
 ――いくつものあの人の不可解な反応の理由のつじづまがあう
    ああ、もう遅すぎるけど
                     銀色夏生 『あの空は夏の中』より引用





 司令部にいるはずのない『子供』がいた。
 髪は金髪で、瞳も同じ色で、強い『焔』が点いていた。

 積み上げられた書類から資料からが散雑する部屋。その隅の方に置かれたソファに、子供は座っていた。側らに古ぼけた厚い本が、こちらもまた積み重なっている。
 一冊の本を重いのか膝の上にしっかりと乗せて、無言のまま目は文字を追っていた。時折ページをめくる乾いた紙の音以外に、子供は音を発しない。
 その様子に、六人の大人が複雑そうな顔を互いに見合わせた。

 子供はそれに気付いていない。





 無言、静寂、沈黙……
 普段も仕事の時は口数が少なくなるものだが、今日はなぜか苦しい。
 ……これは、キビシイ……


 エドワードは一言もしゃべらないで読書に没頭しているし、ロイはリザの目下、いろんな意味で仕事をこなすのに一生懸命だった。
 ハボック、ブレダ、ファルマン、フュリーの四人は、この子供をどう扱うべきものか分かりかねて、仕事にも集中できないでいた。昨夜の話が気にかかって仕方がないのだ。というか気にするな、という方が無理な話。

 (空気が……重い…)
 (い、胃が…)
 (仕事がさっぱり進まないですよ〜)
 (ってか何で俺らがこんなに神経すり減らしてんだよ!)

 ジリリリ
 そこにいきなり電話のベルが鳴り、四人はびくりと飛び上がった。
 「はい、分かりました」
 大佐、外線から電話です。
 リザは相手が誰なのか言わずに受話器をロイに手渡した。
 ロイが不審に感じる前にリザの視線がエドワードを示した。エドワードはおそらく電話にさえ気付いていない。


 「私だが。……やはり君か。久しぶりだね。変わりはないかい?」
 笑みを浮かべた上司に、ハボック達は「女かよ」とふてくされて、仕事中だぞ! とげんなりする。
 「……すまないね。連絡を入れるように言ったのだが。あぁ、問題は……大したことはないよ」
 ははは、と笑うロイの口調に聞き耳を立てていたハボック達は「何か違う」と思った。彼女相手の話ではないらしい。
 「彼も君くらい落ち着きがあればよいのだがね。今代わるよ、……ん、ロックベル嬢もいるのかね?」
 ひどく楽しそうな会話を一度止め、ロイは受話器を片手に呼んだ。

 「エドワード。アルフォンスから電話だ」
 「っ!?」
 エドワードの行動は早かった。
 今まで呼び掛けても、肩を叩かれるまで気付かなかったのに「アルフォンス」と聞いた途端、跳ねるように顔を上げ、素早く駆け寄るとロイの手から受話器をひったくった。
 ハボック達は『アルフォンス』というのがエドワードにとって何なのかクエスチョンマークを浮かべている。だが、今まで見たことのないエドワードの表情に、電話の行方を興味ないふり、聞いていないふりをしながら……しっかりと耳を澄ませていた。

 不敵に笑うロイに、エドワードは一瞬引き、そしてバッと背を向けた。
 こんな一つの部屋の中じゃ、会話を聞かれないのは不可能だ。
 エドワードは受話器を耳に当て、仕方なく少し声を潜めた。



 「……アル? ……お前なんでかけてきたんだ! 何かあったらこっちから連絡する」
 少し怒ったような言い方だった。一方的に切ろうとすると、向こう側から慌てた声が聞こえた。高い声だったが、何を言ったのかまでは大人達には分からなかった。
 「ん? 大丈夫。試験なら上手くいった、と思う。……ってちょっと待て、代わんなくてい…」
 呟いた後、驚くほど慌てると、エドワードは肩を落とした。

 「……ウィンリィ?」
 エドワードの口から出た女の子の名前に、一同が耳をそちらに向ける。ロイとリザは平然としていたが、ハボック達は大人気もなくずずいっと寄り付いた。
 察したエドワードが振り返って睨む一瞬前に、何事もなかったかのように定位置で紅茶を口にした。四人の目が泳いでいるのは仕方がない。

 エドワードは呆れて、再び受話器を耳に当てる。
 「どうかしたのか? ……お前なぁ、もう少し静かにしゃべれよ」
 エドワードが受話器を少し耳から離した。相手の怒鳴り声が響いた。
 「……あぁ、今日気付いた。……うん、少し降ってるけど……」
 答えながら窓の外に視線を移した。雨が音もなくガラスを濡らしていく。
 「平気。そんなに酷くない。あー、ばっちゃんによろしくな……分かってるって、じゃ、切るぞ」


 カチンと音を鳴らして、電話は切れた。
 「だから君から電話するように、と言ったのに。軍(こちら)と関わらせたくないのならば、君が配慮すべきだろう」
 ロイの言葉にエドワードは苦々しく頷いて……背を向けてぎこちなく仕事をしている大人達が目に入った。

 「………」
 エドワードがリザの顔をちらりと見た。
 そして聞き耳を立てていた大人達を見た。
 「……アルフォンスは一つ下の弟。ウィンリィは幼なじみ。リゼンブールからかけてきたんだ」
 戸惑いを含んだ声が自分達に向けられたものだと気付いて、驚いたハボック達が振り返ると、エドワードはすでに本に顔を埋めていた。

 リザが満足げに微笑んで、それを目にしたロイは首を傾げた。





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