A WEEK  13
 ――同情は最高の侮辱だから
    決して人をかわいそうと 思ってはいけないと思う
                銀色夏生 『春の野原 満点の星の下』より引用





 エドワードはうずうずとした様子で、今までにないくらい饒舌だ。午前中に図書館からよさそうな本を借りることができたのだ、と昼食をぱくつきながら答えた。

 昼食を終え、エドワードは部屋に戻ると言い出した。
 食堂を出ると、エドワードを筆頭に廊下を歩き始めた。
 「さっき借りてきた本読みたいし」
 「なら執務室に来るか?」
 ブレダが言う。

 「いいよ。『あの人』がいると落ち着かなくて」
 「『あの人』?」
 「ロイ・マスタング大佐」
 エドワードが少しだけ口を尖らせて答える。
 「エドワード君は大佐が嫌いなんですか?」
 「……好きか嫌いかってことなら嫌いだけど。でも、ただ嫌いっていうんじゃなくて、……苦手っていうんでもなくて。……なんだろ?」
 返答に困って首を傾げる姿は、まさしく子供だ。
 エドワードの集中力の凄まじさはフュリーの紅茶時に体験済みだ。そんなことだから、近付いてきた階段にも気付く素振りがなく、躊躇なくくるりと振り返る。
 「とりあえず、ハボック少尉も午後はオレについてなくていい……っわ」
 「っ大将!」
 あと半歩手前なら問題はなかったのだが、そこは現実、段差を踏み外してバランスを崩したエドワードに、ハボックが慌てて手を伸ばす。


 隣りを歩いていたおかげで、間一髪で左腕を掴まえる。
 手首では抜けたり捻ったりする可能性が高いので、肘の辺りを掴まえられたのは我ながら上出来だとハボックは思った。
 「っぶねー」
 安堵した瞬間、
 パシンッ
 と乱暴に振り払われる。
 「……あ」
 驚いたのはハボック達だけではなかったようで、エドワードが困惑に表情を強張らせた。

 「わり、痛かったか?」
 ハボックが改めて手を伸ばす。
 それを左手で遮るようにして、すっとよける。
 「ご、ごめん。大丈夫」
 強張った表情が緩まない。これではまるで最初に対面した時のようだ。
 よそよそしい雰囲気がまとわりつく。

 せっかく縮まってきた距離が、また一気に離れたような気がした。
 それが顔に出ていたのだろうか、エドワードが大人達を遠慮深げに見上げる。
 「……その、触られるの好きじゃなくて。……ちょっと驚いただけだから、」
 そしてまたエドワードが沈黙してしまう。


 「お、おお。平気ならいいんだ」
 「……えっと。寮に戻るんでしたよね」
 しどろもどろになりつつ、その場を繕う。
 「……う、ん。オレ一人で戻れるから」
 エドワードが無理に笑う。
 「、じゃ」
 そう言うと、くるりと向きを変えて階段を駆け下りていく。
 小さい背中はすぐに見えなくなった。



 「ハボ、お前何したんだよ」
 ブレダが頭を掻いてため息をつく。
 「お、おいっ! 俺は何もしてねえって」
 「……仲良くなれたと思ったんですけどね」
 「俺のせいかよっ!」
 「…………いえ、そうではありませんが……」
 「何だよその間は!」
 疑心の視線に射られて、ハボックは潔白を証明しようとブレダにすがりつく。
 「ほんとに何もしてねえんだって! 急に態度変えられて困ってんのは俺の方だよ!」
 「ああもう、分かってるよ。離れろ気色悪い」
 「言いすぎました。申し訳ない」
 「僕もです。あの、夕食も誘いましょうよ」

 今夜はシチューですし。
 そうだなあ。ここ、シチューだけは美味いから。
 そうしよう。
 そう結論付けて、とりあえず執務室へ向かった。










 掴まれた腕は痛くも何ともない。
 びっくりしたのだ。そして警戒した。
 自分が小柄な方なのは悔しいが認めている。だから、腕を引かれた時、異常な重さが分かってしまったのではないかと背筋が寒くなった。
 手を伸ばされて、それが右手に触れてしまったら、と思わず振り払ってしまった。

 あの瞬間、四人の大人は揃って茫然とした。
 直前までは普通に会話していたのだから、当然だ。
 まずかった、のだと思う。あれでは不審がられただろう。機械鎧だということを知られたくないわけじゃない。知られることは別にどうということはない。
 知られる、ということによって生じる弊害が問題なのだ。
 尋ねられるだろう理由。相手の反応。視線。
 それが嫌だ。

 大佐のような態度は望めないと思うから、躊躇する。
 あの人はいい。
 子供扱いをしない。罪は罪だと、罰は罰だとはっきりさせる。
 機械鎧だからと言って、何を言うわけでもない。部下だからといって吹聴するわけでもない。
 だからいい。


 エドワードは寮に用意された部屋に戻ると、午前中に図書館から借りてきた本とは違う本に手を伸ばした。
 昨日借りた本だ。『あの人』から。
 面白かったといえば面白かったけれど、いかんせん大気系の錬金術書なので、目的の物とは程遠い。
 それでも結局は最後まで読んでしまった。

 部屋に備え付けてある時計を見上げる。
 一時を少しすぎている。
 「……三時にいつも休憩してるんだよな」
 いつまでも借りているわけにもいかないだろう。ましてや読み終わった本だ。
 自分のことだ。本を読み出したら夕食の時間まで夢中になってしまうだろう。

 エドワードは使い始めた手帳を読み返し始めた。





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